1929年に始まった世界大恐慌、そして1930年代にグレートプレーンズ地方を襲った「ダストボウル」と呼ばれる壊滅的な砂嵐と干ばつにより、テキサス、オクラホマ、アーカンソーなどの農民たちは生活基盤を失いました。彼らは生計の糧を求め、豊かな農業地帯として知られるカリフォルニアへと大挙して移住していきました。
低賃金労働者の流入が引き起こした経済的混乱
この大規模な人口移動により、カリフォルニアには「オーキーズ(Ookies)」と呼ばれた貧しい移住者が大量に流入しました。彼らの多くは熟練を持たない未熟練労働者であり、どんなに低い賃金でも仕事を求めて働く姿勢を見せました。
その結果、カリフォルニア州全体の農業労働者市場は深刻な供給過剰に陥りました。具体的には以下のような悪影響が生じました。
- 失業率の大幅な上昇
- 農業労働者全体の賃金水準の低下
- 劣悪な労働環境の常態化
農業労働者の抵抗とストライキの勃発
極端な貧困と搾取に直面した農業労働者たちは、より公正で人道的な労働条件を求めて立ち上がるようになりました。各地で労使間の紛争やストライキが相次ぎ、雇用主側との対立が激化していきました。
1933年カリフォルニア農業大ストライキ
こうした動きの中でも特筆すべきは、1933年に発生したカリフォルニア農業大ストライキです。数千人の綿花摘み労働者が参加したこの大規模なストライキは、当時のカリフォルニア農業史上最大級の労働争議となり、賃上げ闘争の象徴として歴史に残っています。
まとめ
大恐慌期のグレートプレーンズからカリフォルニアへの大移動は、単なる人口の再配置にとどまらず、低賃金労働者の急増による失業率上昇と賃金低下を招き、最終的には農業労働者たちによる組織的な抵抗運動、すなわちストライキや紛争の火種となったのです。この一連の出来事は、後のアメリカにおける農業労働運動の歴史に大きな足跡を残すことになりました。