前提となる事実の整理
まず大前提として、メリーランド州はアメリカ合衆国の建国13州の一つであり、独立以来ずっと合衆国の一員です。「メリーランドは合衆国の一部ではない」という説明は誤りなので注意が必要です。
では、なぜ「メリーランド州が米国に土地を譲渡した」という話が語られるのでしょうか。これは、1791年にメリーランド州が自州の一部を連邦政府に譲渡し、それが現在のワシントンD.C.(コロンビア特別区)の一部になったという歴史的事実を指しています。
ワシントンD.C.誕生の経緯
1783年、ペンシルベニア州フィラデルフィアで兵士たちが報酬未払いに抗議して議会を包囲する事件が起きました。この経験から、連邦政府は「いずれの州の管轄にも属さない独立した首都地区を持つべきだ」という認識を強めました。
1790年、財政問題などをめぐる政治的取引(いわゆる「1790年の妥協」)の結果、首都を南北の境界に近いポトマック川沿いに設置することが決定し、連邦議会は「居住法(Residence Act)」を可決しました。
メリーランド州が譲渡に応じた理由
1791年、メリーランド州はポトマック川北岸に位置する約177平方キロメートル(約68平方マイル)の土地を連邦政府に譲渡しました。当初はバージニア州も川南岸の土地を提供していましたが、こちらは1846年に州へ返還(リトロセッション)されています。
メリーランド州が譲渡を受け入れた主な背景には、次のような事情があります。
- 南北の政治的バランス: 首都を北部寄りの場所ではなく南北の中間に置くことで、州間の対立を緩和できると期待された。
- 経済的な利益: 新首都の建設や人口流入によって、周辺地域の経済が活性化する可能性があった。
- 連邦への貢献の精神: 建国初期の州として、恒久的な連邦政府の所在地を支えることは国家的な名誉とみなされていた。
まとめ
「メリーランド州が米国に土地を譲渡した」という表現は、同州が合衆国から離脱したり領土を失ったりしたことを意味するのではありません。正しくは、連邦直轄の中立な首都地区を設立するために、メリーランド州が自発的に土地を連邦政府へ提供したという歴史的事件のことです。この譲渡によって生まれたのが、今日のアメリカ合衆国の首都ワシントンD.C.なのです。