植民地時代のノースカロライナのプランテーション所有者とは
植民地時代(17世紀後半〜1776年頃)のノースカロライナでプランテーションを所有していたのは、主にイングランドをはじめとするヨーロッパ諸国出身の裕福な白人男性でした。彼らは広大な土地と多数の奴隷を所有し、植民地内で強い社会的・経済的影響力を握っていました。多くの大土地所有者が同時に政治家でもあり、植民地議会や総督府の要職を占めていた点も大きな特徴です。
ただし、ノースカロライナは隣接するバージニアやサウスカロライナに比べると大規模プランテーションの比率が低く、自作農による小規模農場が多い植民地とされることもありました。それでもケープフィアー川流域などでは、米・藍・タールや松脂といった商品作物の生産で富を築く大規模経営が確かに存在していました。
注意:よく引き合いに出される有名人は「別の時代・別の場所」の人物
このテーマでしばしば挙げられる以下の人物は、厳密には植民地時代のノースカロライナのプランテーション所有者ではありません。
- トーマス・ジェファーソン:第3代アメリカ合衆国大統領にして建国の父。所有していたプランテーション「モンティチェロ」はバージニア州にあり、自身で建築設計にも携わりました。
- ジェームズ・マディソン:第4代大統領。邸宅「モントピリア」もバージニア州にあります。
- ロバート・E・リー:南北戦争期の南軍将軍。「アーリントンハウス」(後に北軍に接収され、現在のアーリントン国立墓地へ)はバージニア州にあり、活躍した時代も植民地時代から約100年後です。
- アンドリュー・ジャクソン:第7代大統領で1812年戦争の英雄。プランテーション「ハーミテージ」はテネシー州にあります。
- ジョージ・ワシントン・カーバー:農業科学者・発明家。奴隷制の下に生まれた人物であり、プランテーションの「所有者」ではありません。ピーナッツやサツマイモの新用途を数百件開発し、南部農業の改善に多大な貢献をしました。
実在したノースカロライナの著名なプランテーション所有者
ロジャー・ムーア
1720年代にケープフィアー地方に「オートン・プランテーション」を開設し、米や藍の栽培と奴隷労働によって地域有数の富を築きました。オートンは現在もノースカロライナ最古級のプランテーションとして知られています。
トーマス・ポロック
チョワン川流域に広大な土地を保有し、1712年〜1714年には植民地総督代理を務めました。タスカローラ戦争期の主要な指導者の一人でもあります。
モーリス・ムーアとエドワード・モーズリー
ケープフィアー地方の開拓を主導した一族や、初期植民地の政治を牽引した大地主たちです。彼らは土地投機と政治権力を組み合わせて、植民地内での影響力を拡大していきました。
サミュエル・ジョンストン
独立前後のノースカロライナを代表する政治家で、後に州知事を務めました。東部に広大な農園を構える、典型的な「プランター政治家」でした。
プランテーション経営の実態
ノースカロライナのプランテーションでは、タバコのほか、ケープフィアー地方での米と藍、そして「タールヒール州」という愛称の由来ともなったタール・ピッチ・松脂などの海軍物資の生産が重要でした。これらの労働は奴隷とされたアフリカ系の人々に大きく依存しており、プランテーション所有者の富は彼らの強制的な労働の上に成り立っていたという歴史的事実も忘れてはなりません。
まとめ
植民地時代のノースカロライナのプランテーション所有者は、ヨーロッパ出身の裕福な白人男性が中心で、その多くが政治権力を兼ね備えていました。ジェファーソンやリーといった有名な名前は他州・後代の人物であり、ノースカロライナ固有の文脈では、ロジャー・ムーアやトーマス・ポロックらの名前が代表的な存在といえます。