北米の歴史

サムター要塞の戦いで北軍は勝利できたのか?開戦の真相を解説

結論から言えば、サムター要塞の戦いで北軍(合衆国軍)は勝利していません。この戦いは北軍の敗北に終わり、その陥落こそが南北戦争(アメリカ内戦)の幕開けとなったのです。

34時間の砲撃の末、北軍は降伏へ

1861年4月12日未明、南軍(アメリカ連合国軍)はサウスカロライナ州チャールストン港に位置するサムター要塞への砲撃を開始しました。指揮官ピエール・ボーリガード将軍率いる南軍の攻勢に対し、ロバート・アンダーソン少佐が率いる北軍守備隊は約34時間にわたって耐え抜きましたが、弾薬と物資が尽きたことで抵抗を続けることが困難になりました。

そして翌4月13日、アンダーソン少佐はついに降伏を決断。北軍守備隊は要塞を明け渡すことになったのです。

サムター要塞陥落の歴史的意義

サムター要塞の陥落は、単なる一つの戦闘の帰結にとどまらず、アメリカ史における重大な転換点となりました。

  • 南北戦争の始まり: この戦いをきっかけに、リンカーン大統領は7万5千人の義勇兵召集を宣言し、対立は本格的な武力紛争へと拡大しました。
  • 世論の結集: 南軍による要塞攻撃は北部の世論を大きく刺激し、戦争への支持を固める結果となりました。
  • 4年間の戦乱の序章: 1865年まで続く南北戦争の最初の発砲が、まさにここサムター要塞で行われたのです。

まとめ

「北軍はどうやって勝ったのか」という問いに対する答えは、「北軍は勝たなかった」というものです。1861年4月13日、南軍による34時間の砲撃の末に北軍は降伏し、サムター要塞は陥落。この出来事が、アメリカ史上最も悲劇的な内戦の始まりを告げる合図となりました。