バンカーヒルの戦いに投入されたイギリス兵は約2,400人
バンカーヒルの戦い――より正確には「ブリーズヒルの戦い」――において、攻撃側のイギリス軍(通称レッドコート)にはおよそ2,400人の兵士が参加しました。彼らは、ブリーズヒルの頂上に築かれた土塁(要塞陣地)を守るアメリカ植民地軍の陣地に対して正面から突撃を行っています。
戦いの背景と経過
この戦闘は1775年6月17日、アメリカ独立戦争の初期段階であるボストン包囲戦の最中に発生しました。チャールズタウン半島の高台を確保しようとする両軍の思惑が交錯する中、植民地側は前夜からブリーズヒルに防衛陣地を構築していました。
イギリス軍はウィリアム・ハウ少将の指揮の下、訓練された正規兵による正面攻撃を選択しました。しかし、弾薬を温存しながら近距離まで待ち構える植民地民兵の粘り強い防御により、イギリス軍は二度にわたる突撃を撃退されるという苦戦を強いられます。
「勝利」とは言えない結果
三度目の突撃でイギリス軍はついに陣地を奪取し、形式的な勝利を収めました。しかしその代償はあまりにも大きく、死傷者は1,000人を超えました(死者約226人、負傷者約800人以上)。これは当時の北米におけるイギリス軍の単一戦闘としては最悪級の損害でした。
一方、防御側の植民地軍は約1,200〜1,500人規模でしたが、世界最強と謳われたイギリス正規軍を相手に互角以上に渡り合ったことで、独立への自信を大きく高めることになりました。「バンカーヒルの戦い」は、植民地側にとって士気を鼓舞する象徴的な戦いとして歴史に名を刻んでいます。