北米の歴史

南北戦争の英雄エルズワースとは何者?最初に戦死した北軍大佐の生涯

エルマー・エフライム・エルズワース大佐(Colonel Elmer Ephraim Ellsworth)は、アメリカ南北戦争における北軍(ユニオン軍)の将校です。南北戦争で最初に戦死した北軍士官として知られ、その死は北軍の大義に対する国民の支持を大きく喚起するきっかけとなりました。

生い立ちと若き日の経歴

エルズワースは1837年4月11日、ニューヨーク州マルタに生まれました。ウェストポイントにある合衆国陸軍士官学校に進学しましたが、2年後に中退。その後はイリノイ州シカゴへ移り、ジャーナリストとして働いていました。軍事教練にも強い関心を抱き、後に華麗なズアーブ式ドリルの第一人者として名を馳せることになります。

「ファイア・ズアーブス」の結成

1861年に南北戦争が勃発すると、エルズワースは第11ニューヨーク義勇歩兵連隊を組織しました。この連隊は「ファイア・ズアーブス(Fire Zouaves)」の名で広く知られています。メンバーにはニューヨークの消防団員が多く含まれ、フランス陸軍のズアーブ連隊の軍装に着想を得た派手な制服を身にまとい、その華やかさと規律ある訓練で大きな注目を集めました。

アレクサンドリアでの悲劇的な最期

第11ニューヨーク義勇歩兵連隊は、ベンジャミン・バトラー将軍率いるポトマック軍に配属されました。1861年5月24日、連隊は首都ワシントンD.C.からポトマック川を挟んだ対岸に位置するバージニア州アレクサンドリアの占領を命じられます。

ズアーブスが市内へ進入すると、ホテル「マーシャル・ハウス」の屋根に南軍の旗が翻っているのが目に留まりました。エルズワースは部下に撤去を命じましたが、自らも旗竿を駆け上がり、自分の手で旗を降ろそうとしました。

しかし、旗竿の頂上に達した瞬間、ホテルのオーナーであるジェームズ・W・ジャクソンによって銃撃され、その場で命を落としたのです。ジャクソンも直後にエルズワースの部下によって射殺されました。この出来事は、南北戦争における最初期の戦闘による犠牲の一つとして歴史に刻まれています。

死がもたらした影響

エルズワースの死は北軍にとって大きな打撃でした。彼はリンカーン大統領とも親交が深い人気者であり、その突然の死は北軍への支持を一気に高める結果となりました。葬儀はニューヨーク市で盛大に執り行われ、遺体はグリーンウッド墓地に埋葬されています。

さらに、彼の死は人気歌曲「エルズワースのバラッド(The Ballad of Ellsworth)」の誕生にもつながりました。エルズワースの生涯と最期を歌ったこの楽曲は、南北両軍の兵士たちに愛唱されたといわれています。

今日に残る記憶

エルズワースの死は、南北戦争初期を象徴する重大な出来事でした。北軍の大義を結集させる契機となり、数多くの人々の心に深く刻まれました。彼は南北戦争の英雄として今も記憶されており、その功績と献身は現代まで語り継がれ、称えられ続けています。