1913年当時、連邦最低賃金は存在しなかった
1913年のアメリカ合衆国には、連邦レベルの最低賃金制度が存在していませんでした。つまり、労働者が受け取る賃金の下限を定める全国的な法律はなく、労働者の賃金は雇用主との個別の交渉や市場の需給によって決められていたのです。
初の連邦最低賃金法「公正労働基準法」の制定
アメリカで最初の連邦最低賃金法となったのは、1938年に制定された「公正労働基準法(Fair Labor Standards Act:FLSA)」です。この法律は、フランクリン・ルーズベルト大統領のニューディール政策の一環として成立しました。
FLSAによって定められた最初の最低賃金は時給25セントでした。現在の感覚では非常に低い額に思えますが、当時の物価水準を考えると、労働者の生活を守るための重要な第一歩となりました。
州レベルでの取り組みはそれ以前から
連邦法が整備される前にも、一部の州では独自に最低賃金に関する動きがありました。たとえばマサチューセッツ州は1912年に全米初の州最低賃金法を制定しており、1913年にはすでに複数の州が同様の法制化を検討または実施していました。
まとめ
- 1913年時点で、アメリカには連邦最低賃金は存在しなかった
- 初の連邦最低賃金法は1938年制定の公正労働基準法(FLSA)
- FLSAが定めた最初の最低賃金は時給25セント
- 州レベルでは1912年以降、先行的な法制化が進んでいた