北米の歴史

南北戦争中、北軍への徴兵を避けるには?当時認められていた8つの方法

アメリカ南北戦争(1861年〜1865年)の期間中、北軍(連邦軍)への徴兵から法的・現実的に逃れるための手段は複数存在しました。1863年の徴兵法(Enrollment Act)施行後、徴兵制度に対する不満が高まり、特に富裕層を中心として様々な免除・回避の方法が利用されるようになりました。ここでは、当時知られていた主な8つの方法を紹介します。

1. 代理人徴兵(代役)の雇用

自分の代わりに軍務に就く「代役(substitute)」を雇うことが合法的に認められていました。この慣行は広く普及し、とりわけ経済的に余裕のある層によって頻繁に利用されました。代役料は市場で高騰し、数百ドルに達することもあったといわれています。

2. 免除金($300)の支払い

1863年の徴兵法では、徴兵対象者が「免除金(commutation fee)」として300ドルを支払えば兵役を免れることが認められていました。当時としては非常に高額な金額であり、「300ドルの男」という揶揄も生まれました。この制度は貧富による差別的だとして批判を集め、ニューヨーク徴兵暴動(1863年)の遠因の一つにもなりました。

3. 身体的・精神的な不適格(医学的理由)

身体的または精神的な理由で軍務に適さないと判断された男性は、徴兵を免除されました。免除を受けるには、医師の診断書の提出や、医学委員会による身体検査を受ける必要がありました。

4. 特定の職業・職種に従事していること

社会の機能維持に不可欠とみなされた職業に就いている者は、しばしば徴兵の対象外とされました。具体的には、聖職者、教師、一部の政府職員、そして戦争遂行に不可欠とされた産業(鉄道、通信、軍需関連など)の労働者などが含まれます。

5. 自発的な入隊による兵種・部隊の選択

徴兵される前に、自ら志願して海軍など別の部門や部隊に入隊するという選択肢もありました。これにより、強制的な配属を避け、勤務条件や任地である程度の選択の余地を得ることができました。

6. 扶養家族や困窮事情の申告

扶養すべき家族の唯一の生計維持者であること、あるいは自身が家を離れることで家族が深刻な苦境に陥ることを理由に申し立てることができました。こうした申告は徴兵委員会で審査され、場合によっては免除につながりました。

7. 徴兵資格外の該当事由

一定の条件に該当する者は、そもそも徴兵の対象となりませんでした。例えば、米国市民権を持たない外国人や、特定の犯罪歴を持つ者などは徴兵資格を有していませんでした。

8. 徴兵からの逃亡・隠匿

最後の手段として、故郷を離れたり身を隠したりして、徴兵官による確保そのものを回避する者も少なくありませんでした。このような逃避行為は違法でしたが、徴兵制度への反発が強かった地域では珍しくない光景でした。

まとめ

南北戦争期における徴兵回避の方法は、時期や地域、北軍の規則や政策の変化によって大きく異なっていました。金銭的な余裕の有無が免除の可否を左右する側面があり、この不公平さは当時の社会に大きな対立と議論をもたらしました。徴兵制度をめぐるこれらの歴史的経緯は、後世の徴兵制度設計にも影響を与えることとなりました。