北米の歴史

ネイティブアメリカンはオハイオ川流域で米国を破ったのか?「北西インディアン戦争」の史実を解説

「ネイティブアメリカンがオハイオ川でアメリカ合衆国を打ち破った」という見方には、歴史的事実として誤りがあります。実際には、オハイオ川流域をめぐる紛争である北西インディアン戦争(1790年〜1795年)の最終的な勝者は、アメリカ合衆国でした。

北西インディアン戦争とは何か

北西インディアン戦争は、独立直後のアメリカ合衆国と、ショーニー族、マイアミ族、デラウェア族などからなる先住民部族連合との間で、現在のオハイオ州一帯にあたる「北西部領土」の支配権をめぐって戦われた戦争です。当時、この地域は豊かな狩猟地であり、入植地拡大を目指す合衆国と、それを防ごうとする先住民諸部族の利害が真っ向から対立していました。

序盤は先住民連合が優勢だった

ただし、戦争の初期に先住民連合が目覚ましい勝利を収めたことは事実です。特に1791年の「スタンクレアーの敗北(ウォバッシュの戦い)」では、アーサー・セントクレア将軍率いる米軍が先住民連合軍によって壊滅的な打撃を受けました。これは米軍史上でも最悪級の敗戦の一つとして記録されており、この限られた場面においては「先住民が米軍を破った」と表現できる出来事が確かに存在しました。

フォールン・ティンバーズの戦いで戦局が決着

しかし、戦況は1794年に大きく傾きます。アンソニー・ウェイン将軍が率いる再編された合衆国軍が、フォールン・ティンバーズの戦いで先住民連合を決定的に打ち破りました。当時この地域に影響力を持っていたイギリスが先住民側への支援を控えたこともあり、部族連合はこれ以上の抵抗を続けることが困難な状況に追い込まれました。

グリーンヴィル条約による終結

1795年に締結されたグリーンヴィル条約により、先住民諸部族は現在のオハイオ州の大部分に相当する広大な土地をアメリカ合衆国へ割譲することになりました。こうして北西インディアン戦争は合衆国の勝利に終わり、以後、同地域への白人入植が本格的に進んでいくこととなります。

まとめ

つまり、「ネイティブアメリカンがオハイオ川で米国を破った」という記述は不正確です。正しくは、序盤こそ先住民連合がスタンクレアーの敗北などで大きな勝利を収めたものの、北西インディアン戦争全体としてはアメリカ合衆国が最終的に勝利した、というのが史実です。