北米の歴史

南北戦争以前、アメリカ北部にも使用人はいたのか?北部と南部の使用人事情の違い

南北戦争以前の北部にも使用人は存在していた

南北戦争以前のアメリカ北部にも、確かに使用人は存在していました。ただし、その数は南部と比べるとはるかに少なかったのが実情です。
興味深いのは、両地域で使用人の出自が大きく異なっていた点です。北部の使用人の多くはヨーロッパ系、とりわけアイルランドやドイツなどからの移民たちでした。彼らは新天地での生活の足がかりとして、家庭内労働に従事するケースが多かったのです。一方、南部では使用人といえばほぼ例外なくアフリカ系アメリカ人の奴隷であり、「使用人=奴隷」という構図が社会の根幹を成していました。

北部で使用人の需要が低かった理由

北部で使用人への需要が南部ほど高くなかった背景には、いくつかの要因がありました。

第一に、産業構造の違いです。北部は南部よりも工業化が進んでおり、多くの男性が工場やその他の産業に雇用されていました。そのため、使用人として働ける人材が相対的に少なかったのです。

第二に、生活水準の差です。北部は南部より生活水準が高く、中流階級を中心に、自分たちの手で家事を行う余裕がある家庭が多かったといえます。

使用人を雇っていたのはどんな家庭?

需要が低かったとはいえ、北部でも使用人を雇う家庭は決して皆無ではありませんでした。そうした家庭の多くは裕福な上流階級で、使用人が求める比較的高い賃金を支払えるだけの経済力を備えていました。
北部の使用人が担当する仕事は多岐にわたり、掃除、料理、洗濯、子守など、家庭内のさまざまな雑務をこなすのが一般的でした。富裕層の邸宅では、複数の使用人を住み込みで雇い、役割を分担させることも珍しくありませんでした。

南北戦争が使用人をめぐる状況を変えた

南北戦争は、北部の使用人をめぐる状況に大きな転換点をもたらしました。戦争によってアフリカ系アメリカ人の奴隷が解放されると、それまで南部の白人家族に仕えていた多くの人々が、自由な立場で働き口を求めて北部へ移動するようになりました。
この動きにより労働市場での競争が激化し、使用人の賃金は下落しました。さらに、戦争の混乱で経済的に苦しくなる家庭が増え、そもそも使用人を雇える余裕のある家庭自体が減少していきました。

戦後、北部の使用人は大幅に減少

南北戦争後、北部における使用人の数は顕著な減少を見せました。この背景には、次のような複数の要因が絡み合っています。

  • 奴隷解放による労働供給と競争の変化
  • 北部のさらなる工業化の進展
  • 生活水準の向上と家電製品の普及による家事負担の軽減

こうした流れの中で、19世紀末までには、北部の使用人の数は南北戦争前のわずかな割合にとどまるまでになりました。使用人を雇うことが特権的な富裕層の象徴となり、一般家庭では家族が自ら家事を担うスタイルが主流になっていったのです。