北米の歴史

南北戦争前の北部の主な目標は何だったのか?――「奴隷制の廃止」をめぐる歴史

南北戦争前の北部の主な目標は「奴隷制の廃止」

北部の最大の目標は、奴隷制の廃止でした。当時の北部は工業化と都市化が進んでおり、自由労働を基盤とする経済が発展していました。一方、南部は農業中心の農村社会であり、その経済は奴隷労働に大きく依存していました。この経済構造の違いにより、両地域は奴隷制をめぐって根本的に異なる見解を持つことになったのです。

北部では一般的に、奴隷制は不道徳で不正義な制度であるとみなされていました。しかし南部では、自らの生活様式と経済を維持するために奴隷制は不可欠であると考えられていました。1850年代に入ると奴隷制問題が一気に先鋭化し、国全体がこの問題をめぐって深く分裂しました。北部諸州は奴隷制への反対の声を強めていき、南部諸州は奴隷制の擁護を固く決意していきました。

そして1861年、南部諸州は連邦から脱退し、「アメリカ連合国(南部連合)」を結成します。その直後に南北戦争が勃発し、奴隷制の廃止は北部にとって戦争の主要な目標の一つとなりました。

北部が奴隷制廃止のために行った具体的な取り組み

  1. 新領土への奴隷制拡大の制限: 連邦議会は、新たな領土への奴隷制の拡大を制限する複数の法律を可決しました。
  2. 逃亡奴隷法の執行拒否: 北部諸州は、逃亡した奴隷を捕らえて返還することを定めた逃亡奴隷法の執行を拒否しました。
  3. 地下鉄道(Underground Railroad): 秘密裏に運営された逃亡支援網「地下鉄道」によって、数万人もの奴隷が自由を求めて北部やカナダへと脱出しました。
  4. リンカーンの奴隷解放宣言: エイブラハム・リンカーン大統領が発した「奴隷解放宣言」は、南部連合諸州にいるすべての奴隷を自由であると宣言しました。
  5. 憲法修正第13条: アメリカ合衆国憲法修正第13条の批准により、全米における奴隷制が正式に廃止されました。

こうした積み重ねの先にあったのは、南北戦争における北軍(連邦軍)の勝利です。最終的に、この勝利こそがアメリカ合衆国における奴隷制廃止を確実なものとしたのです。