チェサピーク・レパード事件とは
チェサピーク・レパード事件(Chesapeake–Leopard affair)は、1807年6月22日に発生した米英間の重大な外交事件です。イギリス海軍の軍艦「レパード号(HMS Leopard)」が、アメリカ海軍のフリゲート艦「チェサピーク号(USS Chesapeake)」に対して突然砲撃を加えました。
犠牲者の数
この攻撃により、3名のアメリカ人が死亡し、18名が負傷しました。当時、イギリス側は自国海軍からの脱走兵の引き渡しを求めてチェサピーク号の捜索を要求しましたが、アメリカ側がこれを拒否したことがきっかけとなり、レパード号は発砲に至ったと伝えられています。
事件の歴史的意義
この事件は、アメリカ合衆国の主権と中立の権利に対する重大な挑戦と受け止められ、米英関係を一気に悪化させました。国内では反英感情が高揚し、トーマス・ジェファーソン大統領は報復措置として通商禁止法(Embargo Act)を制定するなど、対応を迫られることになりました。
こうして生まれた米英間の緊張はその後も解消されることなく、最終的には1812年戦争(米英戦争)勃発の重要な遠因の一つとなったのです。