結論から言うと、アラスカは南北戦争(1861年〜1865年)において、北軍(連邦側)にも南軍(南部連合側)にも属していません。当時のアラスカはアメリカの領土ではなく、ロシア帝国の支配下にある「ロシア領アメリカ」でした。
南北戦争当時のアラスカの位置づけ
南北戦争が勃発した1861年、アラスカはまだ北米大陸の北西部に位置するロシアの植民地でした。ロシアは18世紀末から毛皮交易を目的にアラスカへの進出を進め、19世紀にはロシア米会社による統治が続いていました。そのため、合衆国と南部諸州の対立である南北戦争自体に、アラスカは直接関与しない第三者の立場だったのです。
1867年の「アラスカ購入」でアメリカ領へ
南北戦争終結後の1867年、アメリカは当時の国務長官ウィリアム・スワードの主導により、ロシアからアラスカを約720万ドルで購入しました。これが歴史に名高い「アラスカ購入」です。
当時のアメリカ国内では、凍てつく辺境の地に巨額の資金を使うことに批判的な声も多く、「スワードの愚行(Seward's Folly)」と揶揄されるほどでした。しかし後に、アラスカから金鉱や石油、天然ガスなど貴重な資源が次々と見つかり、この取引は歴史上屈指の「掘り出し物」として評価されることになります。
まとめ
- 南北戦争中(1861〜1865年)、アラスカは北軍・南軍のいずれにも属していなかった。
- 当時のアラスカはロシア領(ロシア領アメリカ)であった。
- 1867年にアメリカが720万ドルで購入し、以降アメリカの領土となった。
- アラスカが州として合衆国に加わったのは、それからさらに後の1959年のことである。