テキサスは1836年にメキシコからの独立を宣言し、「テキサス共和国」として約9年間、主権国家として存在しました。実はテキサスは独立直後から合衆国への加盟を希望していましたが、実際に併合されたのは1845年のことです。なぜ9年もの歳月を要したのでしょうか。
テキサスの独立と即時の加盟要請
1836年、テキサスはサンジャシントンの戦いでメキシコ軍を破り、独立を勝ち取りました。独立したテキサス共和国は、建国当初から合衆国への併合を強く望んでいました。当時のテキサスは人口が少なく、メキシコによる再征服の脅威に常にさらされていたため、アメリカの保護を求めるのが自然な流れだったのです。
併合が遅れた主な理由
1. 奴隷制をめぐる南北対立
最大の障害となったのは奴隷制問題でした。テキサスは奴隷制を認める州として連邦に加わることになり、自由州と奴隷州の均衡が崩れることを北部諸州が強く警戒していました。このため議会では併合案が反対多数で否決されるなど、政治的な膠着状態が長く続きました。
2. メキシコとの戦争リスク
メキシコはテキサスの独立そのものを承認しておらず、アメリカがテキサスを併合すれば宣戦布告も辞さないと警告していました。合衆国政府としては、大国メキシコとの全面戦争を避けたい思惑があり、併合への動きには慎重にならざるを得ませんでした。
1844年大統領選と併合の実現
転機となったのは1844年の大統領選挙です。併合推進を掲げたジェームズ・K・ポークが当選すると、世論の追い風を受けた現職大統領ジョン・タイラーは、上院の批准を必要としない「合同決議」の形式で併合案を議会に通すことに成功しました。これを受けてテキサス側も併合を受諾し、1845年12月、テキサスは第28番目の州として正式に合衆国に加入しました。
まとめ
テキサスが独立から9年間も併合されなかったのは、奴隷州としての加入が南北の勢力均衡を脅かすことへの懸念と、メキシコとの戦争リスクという二つの大きな壁があったためです。最終的にはポーク政権の誕生を契機に国内の政治状況が変わり、1845年にようやく併合が実現しました。ただし、この併合はメキシコとの関係悪化を招き、翌1846年には米墨戦争へと発展していくことになります。