北米の歴史

国境州は自由州だったのか、それとも奴隷州だったのか?

国境州は法的には「奴隷州」だった

南北戦争前のアメリカにおいて、いわゆる「国境州(ボーダー・ステーツ)」は、地理的に北部と南部の境界線上に位置する奴隷州でした。デラウェア州、メリーランド州、ケンタッキー州、ミズーリ州などがこれに該当します。

しかし、深南部の州とは大きく異なっていた

とはいえ、国境州を単純に「南部の州」とひとくくりにすることはできません。綿花プランテーション経済を基盤とする深南部(サウスカロライナ、ジョージア、アラバマ、ミシシッピ、ルイジアナなど)の州とは、次の2つの点で明確な違いがありました。

1. 奴隷労働の使われ方の違い

深南部では大規模なプランテーションで多数の奴隷が綿花栽培に従事していました。一方、国境州では奴隷の数が相対的に少なく、家事労働や小規模農場での作業など、より多様な形態で奴隷労働が利用されていました。

2. 奴隷制に対する見方の違い

国境州では奴隷制に対する批判的な意識が比較的強く、段階的解放を検討する動きも見られました。特にデラウェア州では奴隷人口がごくわずかで、実態としては自由州に近い状態でした。

まとめ:中間的な性格を持つ「奴隷州」

つまり、国境州は法律上は「奴隷州」でしたが、その実態は深南部の州とは大きく異なり、奴隷制への依存度も社会の態度も中間的な性格を持っていたのです。こうした特異な位置づけこそが、南北戦争勃発時にこれらの州が合衆国(北軍)側に留まった重要な要因となりました。