バラック街(スラム街)
大恐慌期、何百万人ものアメリカ人が職と住まいを失いました。こうした人々の多くは、廃材などを利用して建てられた即席の集落「バラック街」での生活を余儀なくされました。バラック街は都市の郊外に作られることが多く、過密で不衛生な環境でした。そこに住む人々は「ホーボー」や「浮浪者」と呼ばれ、社会から冷たい目で見られることも少なくありませんでした。
パンの行列
パンの行列もまた、大恐慌期によく見られた光景でした。これは、炊き出し場や慈善団体が提供する無料の食事を受け取るために、人々が長い列を作って待つ様子を指します。列に並ぶ人々は飢えと絶望の中におり、わずかな食べ物を手に入れるために何時間も待つことを厭いませんでした。
大恐慌の原因
大恐慌は、以下のような複数の要因が重なって引き起こされたとされています。
- 1929年の株価大暴落
- 銀行の連鎖倒産
- 消費支出の減少
- 中西部の深刻な干ばつ
大恐慌とニューディール政策
大恐慌はアメリカ合衆国に壊滅的な打撃を与えました。経済は崩壊し、何百万人もの人々が失業しました。この危機に対応するため、フランクリン・ルーズベルト大統領は「ニューディール政策」を打ち出しました。これは、景気回復と社会復興を目指す一連の公共事業・社会保障施策です。ニューディール政策には一定の成果がありましたが、大恐慌が真に終結したのは、アメリカが第二次世界大戦に参戦してからのことでした。