南軍の敗北とバージニアへの撤退
ゲティスバーグの戦いは、南軍(アメリカ連合国軍)の敗北とバージニア州への撤退という結末を迎えました。
両軍の損害
北軍(ポトマック軍)の損害は23,049人、南軍(北バージニア軍)の損害は28,063人にのぼりました。これらの数字には、戦死者・負傷者・行方不明者がすべて含まれています。
歴史的意義
北軍の勝利により、南軍による北部への侵攻は事実上阻止されました。この戦いは南北戦争全体の転換点となり、以降の戦局を大きく左右することになったのです。
ゲティスバーグの戦いの詳細
ゲティスバーグの戦いは、1863年7月1日から3日までの3日間、ペンシルベニア州ゲティスバーグの町とその周辺地域で繰り広げられました。
両軍合わせて16万人を超える兵力が動員されたこの戦いは、北米大陸史上最大規模の戦闘として知られています。
戦闘の経過
7月1日: 南軍がセミナーリッジ一帯の北軍陣地へ攻撃を仕掛けたことで、戦いの幕が開けました。
7月2日: 戦闘はさらに激化し、南軍はセメタリーリッジに構える北軍中央部に対して幾度となく攻撃を繰り返しました。
7月3日: リー将軍は北軍中央への最後の総攻撃(後に「ピケットの突撃」と呼ばれる)を試みましたが、これは北軍の頑強な防衛によって撃退され、甚大な損害を受けました。防衛線を突破できなかったリー将軍は、ついに部隊へバージニア州への撤退を命じたのです。