クララ・バートンは南北戦争において兵士として従軍したわけではありません。彼女は負傷者の救護にあたる志願看護師として活動しましたが、正規の軍人になったことは一度もありません。
南北戦争での活動期間は約4年
バートンが戦争支援を始めたのは1861年、開戦直後のことでした。当初はワシントンD.C.で負傷兵への物資提供や手紙の代筆といった後方支援を行っていましたが、1862年には前線に出る許可を得て、アンティータムの戦いやフレデリックスバーグの戦いなどで直接負傷者を看護するようになりました。彼女の献身的な活動は1865年の終戦まで続き、その期間はおよそ4年に及びます。
「戦場の天使」と呼ばれた理由
バートンは医薬品や食料を自ら調達し、銃火の及ぶ最前線に届けたことで知られています。危険の中でも休むことなく負傷兵の世話を続ける姿を目にした兵士たちから、「戦場の天使(Angel of the Battlefield)」と呼ばれるようになりました。
戦後の功績とアメリカ赤十字の設立
終戦後も彼女の活動は止まりませんでした。行方不明となった約2万2000人の兵士の身元確認作業を主導し、多くの遺族に大切な消息をもたらしています。その後ヨーロッパで国際赤十字の活動に触れたことがきっかけとなり、1881年にアメリカ赤十字社を設立。初代会長として長年にわたり組織を牽引しました。
まとめると、クララ・バートンは南北戦争に兵士として従軍したのではなく、1861年から1865年の約4年間、志願看護師として尽力した人物だと言えます。