北米の歴史

ネイティブ・アメリカンの共同体的な土地所有を解体した歴史的な法律とは?

アメリカ合衆国の歴史において、ネイティブ・アメリカンの土地観は、部族や共同体全体で土地を共有するという伝統的な考え方に根ざしていました。しかし、19世紀以降に制定された一連の連邦法は、この共同体的な土地所有の仕組みを根本から揺るがし、解体へと導くことになりました。ここでは、その代表的な法律を時系列で解説します。

1790年 インディアン非交易法(Indian Nonintercourse Act)

この法律は、ネイティブ・アメリカンの土地を連邦政府以外の者に売却することを禁止しました。ネイティブ・アメリカンが土地をだまし取られるのを防ぐ保護措置として意図されたものでしたが、同時に、彼らが自らの意思で土地を売却したい場合にも大きな制約となる側面を持っていました。

1830年 インディアン移住法(Indian Removal Act)

この法律により、連邦政府はアメリカ東部に居住するネイティブ・アメリカンを強制的に立ち退かせ、現在のオクラホマ州にあたる「インディアン準州」へ再定住させる権限を得ました。移住の過程は極めて過酷で、道中で命を落とした人々は数多くいました。この悲劇的な強制移住は「涙の道(Trail of Tears)」として知られています。

1862年 自営農地法(Homestead Act)

この法律は、5年間その土地で生活し、耕作などの改良を加えることを条件に、開拓者が160エーカー(約65ヘクタール)の公有地を無償で取得できると定めました。その結果、白人開拓者がネイティブ・アメリカンの土地へ大量に流入することとなり、先住民の土地所有はさらに侵食されていきました。

1887年 一般割当法(General Allotment Act/ドーズ法)

共同体的な土地所有を断ち切った法律として最も重要なのが、この一般割当法です。部族が共同で保有していた土地を解体し、個々のネイティブ・アメリカンの家族に区画単位で割り当てることが定められました。従来の共同体的な土地利用の慣習を個人所有の概念へと置き換えたことで、ネイティブ・アメリカンの伝統的な生活様式は破壊され、土地を守り抜くことも困難になりました。さらに、余剰地として連邦政府に売却された土地も多く、部族全体の保有面積は劇的に減少しました。

まとめ

1887年の一般割当法(ドーズ法)は、ネイティブ・アメリカンの共同体的な土地所有を直接的に解体した法律です。これらの一連の法制は、先住民族の社会構造、文化、経済的基盤に壊滅的な影響を与え、その影響は今日まで続いています。