北米の歴史

メリーランド州・ロードアイランド州・ジョージア州の創設者は誰?初期入植者の物語

アメリカ合衆国の東海岸には、イギリス植民地時代に設立された13の原初植民地があります。その中でも、メリーランド、ロードアイランド、ジョージアの3州は、それぞれ個性的な背景と創設者の理念によって誕生しました。本記事では、これら3つの州を築いた人物たちとその歴史的経緯を詳しくご紹介します。

メリーランド州:カルバート家によるカトリック教徒の避難所

メリーランド植民地の基礎を築いたのは、ジョージ・カルバート(初代ボルチモア男爵)です。彼はイングランド国王チャールズ1世から北米の土地の特許状を得ようとしましたが、1632年に死去したため、その息子であるセシル・カルバート(第2代ボルチモア男爵)が特許状を受け継ぎました。

セシルは植民地に渡ることなくイングランドから統治を行いましたが、1634年には弟のレナード・カルバート率いる最初の入植者が現在のメリーランド州に到着しました。この植民地は、当時イングランドで迫害を受けていたローマ・カトリック教徒の避難先として構想された点で特筆されます。1649年には「寛容法(Toleration Act)」が制定され、異なる宗派間である程度の信仰の自由が認められるなど、宗教的寛容の先駆けとなりました。

ロードアイランド州:ロジャー・ウィリアムズが築いた自由の大地

ロードアイランド植民地の創設者として最も知られているのは、ピューリタンの牧師だったロジャー・ウィリアムズです。彼はマサチューセッツ湾植民地において、政教分離や先住民族の土地権利に関する急進的な主張を展開し、1635年に追放されました。

翌1636年、ウィリアムズはナラガンセット湾岸の地に入植し、ネイティブ・アメリカンから正当に土地を購入してプロビデンスの町を建設しました。ここでは信教の自由が完全に保障され、あらゆる宗教的信条を持つ人々が受け入れられました。

また、同じ頃、マサチューセッツで宗教的迫害を受けたアン・ハッチンソンもポーツマスに入植するなど、ロードアイランドは次第に「良心の自由」を求める人々の拠り所となっていきました。1663年にはウィリアムズが取得した勅許状により、宗教的自由を明記した独自の統治体制が認められました。

ジョージア州:ジェームズ・オグルソープの理想郷構想

13植民地の中で最後に成立したのがジョージア植民地(1732年設立)で、その創設者はイギリスの将軍であり社会改革者でもあったジェームズ・オグルソープです。

オグルソープは、負債で投獄された人々に新たな人生の機会を与えることを目的にこの植民地を構想しました。1733年、最初の入植者たちとともにサバンナの町を建設しました。また、ジョージアはフロリダに拠点を置くスペインへの防壁という軍事的役割も担っていました。

ただし、オグルソープが描いた「債務者たちの理想郷」という当初の構想は完全には実現せず、実際の入植者の多くは負債者ではなく、職人の家庭などから募集されました。それでも彼の厳格な統治のもとで植民地は発展し、1752年に王室直轄植民地となった後も成長を続けました。

まとめ:多様な理念から生まれた3つの州

このように、メリーランドはカルバート家による宗教的避難所として、ロードアイランドはロジャー・ウィリアムズの信教の自由の理想として、そしてジョージアはオグルソープの社会改革の構想として、それぞれ誕生しました。創設者たちの信念と挑戦の物語は、今日のアメリカ合衆国における多様性と自由の礎となっているのです。