北米西部、特に太平洋岸北西部と呼ばれる地域において、多くの場所で同一の土地を主張し合っていた2つの国は、イギリスとスペインです。
両国が北米西部を主張した背景
18世紀後半、太平洋沿岸地域の領有権をめぐって、ヨーロッパ列強による激しい競争が繰り広げられていました。
スペインの主張
スペインは、16世紀にバルボアやマゼランの探検以来、太平洋全体に対する排他的な権利を主張してきました。教皇の勅書(トルデシリャス条約)に基づき、西海岸沿いに探検隊を送り込み、現在のカリフォルニアからアラスカ方面までの土地を自国の領土として宣言していたのです。
イギリスの主張
一方、イギリスはキャプテン・クックをはじめとする航海者たちによる太平洋探検を通じて、この地域への足掛かりを築いていました。特に毛皮交易の利権に関心を持っており、1770年代以降、太平洋岸北西部へ積極的に進出していきました。
ヌートカ危機と対立
両国の対立が表面化したのが、1789年の「ヌートカ危機」です。現在のカナダ・バンクーバー島にあるヌートカ湾で、スペインがイギリス船を拿捕したことにより、両国は戦争寸前の状態にまで陥りました。
紛争の解決
最終的には1790年から1794年にかけて結ばれた一連の「ヌートカ条約」により、両国はこの地域での共同利用と自由な航行・交易を認め合うことで合意に達しました。しかし、その後も北米西部の帰属をめぐる問題は続き、19世紀にはアメリカ合衆国も加わった「オレゴン境界紛争」として新たな展開を迎えることになります。