大移動(グレート・マイグレーション)とは何か
大移動(グレート・マイグレーション)とは、1910年から1970年にかけて、数百万人のアフリカ系アメリカ人がアメリカ合衆国南部から北部・中西部・西部の各州へと移住した、歴史上きわめて重要な人口移動です。この大規模な移住の背景には、経済的・社会的・政治的なさまざまな要因が複雑に絡み合っていました。
移住を促した3つの主な要因
1. 経済的な機会
北部は南部に比べ、アフリカ系アメリカ人にとってはるかに多くの就労機会を提供していました。20世紀初頭の北部は急速な工業化の時期にあり、労働者への需要が非常に高かったのです。アフリカ系アメリカ人は工場や製造業などの産業で職を得ることができ、南部の農業依存の生活よりも安定した収入を期待できました。
2. 社会的・政治的差別からの脱却
南部では、アフリカ系アメリカ人は社会的にも政治的にも広範囲にわたる差別に直面していました。投票権や土地の所有権といった基本的な市民権すら否定され、学校や公共交通機関などの公共施設では人種隔離(セグリゲーション)が法制化されていました。一方、北部では法の下でより平等に扱われる可能性が高いと考えられていました。
3. より良い生活への願い
何より、多くのアフリカ系アメリカ人は自分自身と家族のためにより良い生活を強く求めていました。彼らは機会、自由、そして平等を求めて、慣れ親しんだ南部を離れ北部へと向かったのです。
プル要因とプッシュ要因から見る移住の動機
移住の動機は、「北部を引きつける力(プル要因)」と「南部から押し出す力(プッシュ要因)」という2つの視点で整理できます。
北部を引きつけたプル要因
- 雇用の availability: 北部の工業化に伴う労働需要により、工場や産業現場での安定した仕事が得られました。
- 賃金水準の高さ: 南部の小作農制度と比べ、北部の賃金は大幅に高く、生活の向上が期待できました。
- 教育の機会: 北部では教育を受けられる機会が多く、子どもたちの将来への希望につながりました。
南部から追い立てたプッシュ要因
- 差別と人種隔離: 学校、交通機関、公共施設における徹底した分離政策や、投票権・土地所有権の剥奪が日常的に行われていました。
- 暴力の脅威: 白人暴徒による私刑(リンチ)などの暴力的な迫害が横行し、命の危険すらあったのです。
- 貧困: 差別によって良質な仕事に就くことが難しく、生活賃金を稼ぐこと自体が困難でした。さらに、綿花の収穫を壊滅させたワタミバエ(ボールウィービル)の被害も南部経済を直撃しました。
移住を後押しした歴史的出来事
黒人中間層の台頭
20世紀初頭、北部では黒人中間層が成長し始めました。北部で得られた教育・雇用の機会がその原動力となり、成功のモデルとして他のアフリカ系アメリカ人に希望を与えるとともに、公民権運動の推進役にもなりました。
ニューディール政策の影響
1930年代、フランクリン・D・ルーズベルト大統領によるニューディール政策は、世界恐慌からの復興を目指す一連の施策でした。この政策はアフリカ系アメリカ人に多数の雇用を創出し、教育や社会サービスへのアクセス改善にも寄与しました。
大移動がもたらした歴史的影響
大移動はアフリカ系アメリカ人のコミュニティに計り知れない影響を与えました。北部と西部におけるアフリカ系アメリカ人コミュニティの成長を促し、都市文化の発展(ハーレム・ルネサンスなど)を生み出しました。同時に、アメリカ合衆国全体の社会構造と政治的地図を大きく変え、後の公民権運動への道を開く重要な転換点となったのです。