オセアニアの歴史

第二次世界大戦期の孤立主義者とは?各国の主要人物を詳しく解説

第二次世界大戦と孤立主義

第二次世界大戦の前夜から開戦初期にかけて、各国には戦争への介入や関与に反対する「孤立主義(非干渉主義)」を掲げる政治家や有力者が存在しました。彼らの思想や行動は、当時の国際情勢に大きな影響を与えました。ここでは、代表的な人物を国別に紹介します。

アメリカ合衆国

アメリカでは、ヨーロッパの戦争に巻き込まれることを避けようとする孤立主義が議会を中心に強い勢力を持っていました。

  • チャールズ・リンドバーグ:大西洋無着陸横断飛行で世界的に有名になった飛行家。「アメリカ・ファースト委員会」の代表的存在として、アメリカの参戦に強く反対しました。
  • ジェラルド・ナイ上院議員:第一次世界大戦への参戦の背景に軍需産業の利益があったとする「ナイ委員会」の調査を主導しました。
  • ウィリアム・ボーラ上院議員:「アイダホの獅子」と呼ばれ、国際連盟加盟にも反対した著名な孤立主義者でした。
  • バートン・K・ウィーラー上院議員:レンドリース法など、連合国への支援策に一貫して反対の立場を取りました。
  • ロバート・ラフォレット・ジュニア上院議員:進歩派の政治家として知られ、海外への軍事介入に反対しました。
  • ハミルトン・フィッシュ下院議員:ニューヨーク州選出の共和党議員で、アメリカの参戦に強く反対しました。
  • ルイス・ラッドロー下院議員:宣戦布告を国民投票にかけるという「ラッドロー修正案」を提案したことで知られています。

イギリス

イギリスの場合、厳密な意味での「孤立主義」というよりも、戦争回避のためにドイツへ譲歩する宥和(ゆうわ)政策を支持した人物たちが挙げられます。

  • ネヴィル・チェンバレン:首相としてミュンヘン会談で宥和政策を推進し、「我らの時代の平和」を宣言しました。
  • ハリファックス卿:外務大臣として対独宥和路線の中心人物でした。
  • スタンリー・ボールドウィン(ビュードリーのボールドウィン伯爵):元首相として、ドイツの再軍備に対して強硬策を講じなかったことで知られます。
  • 第8代ベッドフォード公エドワード:対独妥協を主張した貴族として知られています。

フランス

フランスでも、第一次世界大戦の甚大な犠牲を背景に、再びの戦争を何としても避けようとする動きが見られました。

  • フィリップ・ペタン元帥:第一次世界大戦の英雄であり、後にヴィシー政権を率いてドイツと休戦しました。
  • ピエール・ラヴァル:ヴィシー政権下で対独協力政策を積極的に推進しました。
  • ガストン・ドゥメルグ:元首相・元大統領で、保守的な立場から戦争回避を志向しました。
  • エドゥアール・エリオ:急進党の指導者で、戦争の悲劇を繰り返さないことを訴え続けました。

ドイツ

ドイツの指導者たちは、他国への干渉を避ける「孤立主義者」というよりも、自国の拡張主義を最優先し、自らの勢力圏外への介入を否定した点で、性質が異なります。

  • アドルフ・ヒトラー:総統として、ヨーロッパにおけるドイツの覇権確立を目指しました。
  • ヨアヒム・フォン・リッベントロップ:外務大臣として、ソ連との不可侵条約締結などを主導しました。
  • ヘルマン・ゲーリング:空軍総司令官として、ドイツの軍事的拡張を指揮しました。
  • ヨーゼフ・ゲッベルス:宣伝大臣として、ナチス政権のプロパガンダを統括しました。

まとめ

第二次世界大戦期の孤立主義は、国によってその形態が大きく異なっていました。アメリカでは本格的な孤立主義が議会で強い影響力を持ちましたが、イギリスやフランスでは戦争回避のための宥和政策として現れました。一方、ドイツの指導者たちは自国の利益を最優先する拡張主義の観点から他国への非干渉を唱えており、本来の孤立主義とは区別して理解することが重要です。