ニュージャージー植民地は、北米大陸の東海岸、デラウェア川とハドソン川の間に位置する地域でした。現在のアメリカ合衆国ニュージャージー州にあたり、大西洋に面し、当時から交易や交通の要衝として重要な役割を果たしていました。
ニュージャージーの誕生
この土地は、もともと1664年にヨーク公(後の国王ジェームズ2世)に与えられたニューヨーク植民地の一部でした。1674年、ヨーク公はデラウェア川とハドソン川にはさまれた一帯を、友人であるジョージ・カータレット卿とストラットンのバークレー卿に譲渡します。この地域は、カータレットの故郷であるイギリス海峡のジャージー島にちなんで「ニュージャージー」と名付けられました。
初期の入植地
ヨーロッパ人による最初の恒久的な定住地は、1664年頃にコネチカットから移住したイングランド人ピューリタンたちによって建設されたエリザベスです。その後も、ミドルタウン(1665年)、ニューアーク(1666年)、ウッドブリッジ(1669年)など、次々と町が築かれていきました。なお、それに先立つ1660年にはオランダ人によってバーゲンが開かれており、こちらが現在のジャージーシティにつながる最古の定住地とされています。
東ジャージーと西ジャージーへの分割
1676年、ニュージャージーは「東ジャージー」と「西ジャージー」という二つの植民地に分割されました。東ジャージーには主にイングランド系のピューリタンが入植した一方、西ジャージーにはオランダ人、フランス人、ドイツ人、スコットランド人など、より多様な背景を持つ人々が移り住みました。その後、1702年には両地域が再び統合され、イギリス王室直轄の植民地として新たなスタートを切ることになります。
独立から州へ
1776年、ニュージャージーはイギリスからの独立を宣言した13植民地の一つとなりました。そして1787年12月18日、ペンシルベニア・デラウェアに続いて、合衆国憲法を批准した3番目の州となり、今日のニュージャージー州へと発展していきました。