オセアニアの歴史

コロンブスはなぜ西回りでアジアに到達できると確信したのか?その理由を徹底解説

クリストファー・コロンブスが「西へ航海すればアジアに到達できる」と信じたのは、当時の地理学説と彼自身のいくつもの誤解に基づくものでした。ここでは、その主な要因を4つの観点から詳しく見ていきます。

1. プトレマイオスの『地理学』の影響

2世紀に活躍したギリシャの天文学者・地理学者クラウディオス・プトレマイオスは、天動説を軸とする宇宙観を体系化しました。

彼の著書『地理学(Geographia)』では、地球は球体であり、ヨーロッパ・アジア・アフリカの三大陸が北半球の大部分を占め、その周囲を広大な海(オケアノス)が取り囲んでいると描かれていました。

コロンブスはこのモデルを受け入れ、さらに地球の実際の周囲の長さよりも大幅に小さいと考えていました。この「地球は思ったより小さい」という誤認こそ、西回り航路を現実的だと判断する大きな根拠となったのです。

2. マルコ・ポーロの『東方見聞録』の誤読

13世紀にアジアへ旅したヴェネツィアの探検家マルコ・ポーロは、その体験を『東方見聞録』として記しました。

コロンブスはこの書物を読み込みましたが、そこに記された距離や数値を誤って解釈してしまいました。

ポーロの記述からはアジア大陸が実際よりもはるかに東へ延びていると捉えられ、コロンブスは西へ船を出せば日本(ジパング)や中国の海岸にすぐたどり着けると確信するようになったのです。

3. ポルトガルの探検活動からの示唆

15世紀、ポルトガルの探検家たちはアフリカ西岸沿いの探索を着実に進めていました。

彼らは大西洋の中央に位置するアゾレス諸島を探索し、さらに西方のカーボベルデ諸島にも到達していました。

コロンブスは「ポルトガルの船がこれほど西まで航海できるなら、さらに西へ進めばアジアに到達できるはずだ」と考えたのです。

4. 伝説や神話の影響

コロンブスはまた、当時流布していたさまざまな伝説や神話の影響も受けていました。

その一つが、大西洋の西方に存在するとされる伝説の大地「アンティリア」の物語です。コロンブスはこの地をアジアの一部かもしれないと解釈していました。

誤解が生んだ歴史の転換点

コロンブスの構想は、あくまで当時の地理認識と科学知識の産物でした。しかし、こうした誤解にもかかわらず、西回りの航路を見つけようとする彼の強い意志は、結果としてアメリカ大陸の発見へとつながりました。

この出来事は世界の歴史と人類文明の流れを大きく変える転換点となったのです。