イスラエルの独立宣言と、それに続いたアラブ諸国の侵攻
1948年5月14日、イスラエルは英国委任統治領パレスチナの統治終了に伴い、テルアビブで国家の独立を宣言しました。しかし、この歴史的な宣言からわずか1日後の5月15日、周辺のアラブ諸国連合軍が新興国家イスラエルへの侵攻を開始したのです。
侵攻した5つのアラブ諸国
イスラエル建国当初に攻め込んだ国は、以下の5カ国です。
- エジプト
- イラク
- ヨルダン(当時はトランスヨルダン)
- レバノン
- シリア
これらの国々は、パレスチナ地域におけるユダヤ人国家の樹立に強く反対しており、独立宣言を「アラブ世界全体への挑戦」と受け止め、軍事行動に踏み切りました。
第一次中東戦争の勃発
この一連の戦闘は「第一次中東戦争」と呼ばれ、イスラエル側では「独立戦争」、アラブ側では「大災厄(ナクバ)」とも称されています。兵力・装備ともに劣勢と見られていたイスラエルでしたが、数度の停戦を挟みながら約10ヶ月に及ぶ戦いを制し、1949年の休戦協定によって国家としての地位を確固たるものにしました。
一方で、この戦争により数十万人規模のパレスチナ人が難民となり、以後の中東情勢に長く影を落とすことになりました。イスラエル建国時に起きたこの出来事は、今日まで続くパレスチナ問題の原点の一つとされているのです。