南アメリカの歴史

表現の自由とは?意味・限界・政治との関係、ブラジルの歴史と名言を解説

表現の自由とは、報復を恐れることなく自らの意見を表明できる権利です。同時に、さまざまな手段を通じて情報を受け取る権利も含まれており、外部からの検閲を受けずに独立した状態が保障されるべきものとされています。

言い換えれば、個人または集団の意見を、常に他者への配慮を忘れず、情報の真実性に裏付けられた形で発信する権利ということです。

この権利は「世界人権宣言」によって保障されています。

表現の自由とは?意味・限界・政治との関係、ブラジルの歴史と名言を解説

メディアと表現の自由の関係

メディアと表現の自由の関係はきわめて重要です。メディアは、文章や造形表現など多岐にわたる表現活動の可能性を大きく広げる手段を一つに束ねる存在だからです。

ただし、自己表現の権利があるからといって、倫理的・道徳的な制約が一切存在しないわけではありません。名誉毀損や侮辱にあたる行為は認められておらず、そうした行為は他者の守られるべき権利を侵害することになるためです。

また、表現の自由はインターネットを含むあらゆるコミュニケーション手段において確保されなければなりません。

オンライン上の気軽さは、何でも好き勝手に言って人を傷つけ、精神的な損害を与えてよいという無制限の自由を意味するものではない点に注意が必要です。

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表現の自由と政治

思想の流通を制限し、表現の自由を禁じることは、全体主義体制において人々から奪われる権利の代表例です。

意見の交換、議論、対話は社会の変化を促す原動力となります。さらに、表現の自由には権力の濫用を抑える機能もあります。そのため、権威主義的な政権は真っ先にメディアを検閲し、大学や学校といった思想が生まれる場を監視しようとするのです。

「世界人権宣言」は表現の自由の権利を明記しており、それが民主主義の根幹をなす不可欠な要素であると位置づけています。

歴史的に見ると、表現の自由は政治的自由主義(リベラリズム)の台頭とともに発展してきました。

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ブラジルにおける表現の自由

表現の自由とは?意味・限界・政治との関係、ブラジルの歴史と名言を解説

ブラジルでは、表現の自由は建国以来の最初の3部の憲法に盛り込まれてきました。しかし、1937年に新憲法が布告されると状況は一変します。ここから、ジェトゥリオ・ヴァルガス政権による検閲の時代が始まりました。

その後、1946年憲法では市民の権利と個人の自由が改めて強調されました。

ところが1967年憲法の時期になると、民主主義は再び権威主義に押し流され、1964年のクーデターに端を発する権力集中が進んでいきます。

メディアへの検閲は、1968年に発布されたAI-5(第5号制度法)に含まれる措置の一つでした。

そして最終的に、1988年憲法によって表現の自由の権利が復活しました。軍事独裁政権の終結後のこの時期、憲法第220条第2項に明記されているとおり、検閲は正式に禁止されたのです。

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表現の自由に関する名言

  • 「私はあなたの言う言葉の一つひとつに同意できないかもしれない。しかし、あなたがそれを語る権利そのものは、命を懸けてでも守り抜こう」(ヴォルテールの精神として伝えられる名言)
  • 「私が知っている自由はただ一つ、それは思考の自由である」(アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ)
  • 「人は、自分について聞きたくないことを耳にする瞬間が訪れるまで、言論の自由という理想を愛するものだ」(アウグスト・ブランコ)
  • 「我が国には、かけがえのない三つの宝物がある。表現の自由、良心の自由、そして決してそのどちらをも実践しない賢明さである」(マーク・トウェイン)

さらに学びたい方へ

  • 自由主義(リベラリズム)
  • ブラジルにおける民主主義
  • ブラジルの軍事独裁政権(1964〜1985)
  • 独裁政治とは?
  • ENEM社会学:学習すべきポイント