ブラジルにおける新自由主義は、フェルナンド・コロール・デ・メロ政権のもとで始まり、フェルナンド・エンリッケ・カルドーゾが大統領に就任したことで本格的に定着しました。この時期には公共投資の削減と国有企業の民営化が積極的に進められました。
概要
軍事独裁政権の終焉後、ブラジルが直面していた最大の経済問題はインフレーションでした。加えて、ブラジルの産業は欧米諸国の技術革新に大きく立ち後れていました。
こうした状況を受け、コロール大統領は新通貨の創設、労働法制の変更、国内市場の対外開放、国有企業の民営化を提唱します。これらの一連の施策は「コロールプラン」として知られるようになりました。
ブラジルを国際市場へ開放する一環として、同国はメルコスール(南米南部共同市場)など地域経済ブロックの創設にも参加しています。
しかし、汚職疑惑と1992年の弾劾劇により、コロール大統領は自らの構想を実現できないまま退陣することとなりました。
その後、イタマール・フランコ大統領は上院議員だったフェルナンド・エンリッケ・カルドーゾを財務大臣に起用します。カルドーゾはこの職において、ブラジルのインフレを終結させ経済を安定させた「レアルプラン」を策定しました。
FHC政権の政策

レアルプランの成功を背景に、フェルナンド・エンリッケ・カルドーゾは1994年の大統領選挙で、通称ルーラとして知られるルイス・イナシオ・ダ・シウバを破り当選しました。
カルドーゾ政権の誕生により、国家の役割は大きく転換します。ジェトゥリオ・ヴァルガス、ジュセリーノ・クビチェック(JK)、そして軍事政権の時代のような「開発主義的国家」であり大規模な投資主体であった国家は、「規制者」としての国家へと姿を変えたのです。
そのため、国内で新たに事業を展開する企業向けのルールを定めるべく、数多くの規制機関が創設されました。一例として、国営電話事業の廃止に伴い、民間通信企業はブラジルで事業を行うためにアナテル(Anatel=国家電気通信庁)の認可を取得しなければならなくなりました。
こうしてFHC政権は、次のような内容を含む新自由主義的政策をブラジルに実装していきました。
- テレブラス、テレリオ(Telerj)、テレスパ(Telesp)、テレミグ(Telemig)などの国営電話会社と、国営通信大手エンブラテルの民営化
- バネーリオ(Banerj)、バネスタード(Banestado)、バネスパ(Banespa)など州立銀行の売却
- エンブラエル、ヴァーレ・ド・リオ・ドセ、国立製鉄会社(CSN)など主要企業の民営化
- 早期退職や解雇を通じた連邦・州公務員の約20%削減
- 労働力の外部委託化(アウトソーシング)と各種公共サービスの外注
- 外国企業への国内市場開放
新自由主義政策の影響

ブラジルにおける新自由主義政策の影響は、今日なお色濃く残っています。
ルーラ政権は国家の投資主体としての役割を取り戻しましたが、それでも教育など従来公共部門が守ってきた分野では投資が減少し、民間資本の関与が拡大しました。
同様に、ブラジルでの事業運営を外国企業に認めるコンセッション(事業譲渡・特許事業)も増加しました。コンセッションは民営化とは異なり、一定の条件付きで投資家にサービスの運営を許可する仕組みです。現在、ブラジルの多くの高速道路がこの方式によって運営されています。
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