南アメリカの歴史

米軍撤退後の南ベトナムで何が起きたのか?サイゴン陥落の全貌

サイゴン陥落 ― ベトナム戦争終結への道

アメリカ軍がインドシナ半島から撤収した直後の南ベトナムでは、急速な情勢悪化が進みました。ここでは、戦争終結までの激動の流れを時系列で振り返ります。

北ベトナム軍による全面侵攻の開始

1975年1月、共産主義政権下の北ベトナムは戦車師団を投入し、南ベトナム東部の省都フォクビン(フォクロン)を攻略。これを皮切りに本格的な全面侵攻が始まりました。この勝利に勢いづいた北ベトナム軍は、その後も南へと攻勢を強めていきます。

「フリークエント・ウィンド作戦」と避難活動

首都サイゴン陥落が目前に迫る中、ジェラルド・フォード米大統領は「フリークエント・ウィンド作戦」を承認しました。これは、在留アメリカ人および一部の南ベトナム関係者をヘリコプターでサイゴンから緊急避難させる大規模な撤収作戦です。市内には避難を求める人々が殺到し、歴史に残る混乱の場面となりました。

4月30日、戦車がサイゴンに突入

1975年4月30日、北ベトナム軍の戦車がサイゴンの大統領府前に乗り入れました。同日、ズオン・バン・ミン大統領が南ベトナムの無条件降伏を宣言し、20年近く続いたベトナム戦争は事実上の終結を迎えたのです。

約13万人の国外脱出

陥落前後の混乱の中、約13万人のベトナム人が亡命を求めて海路や空路で国外へ脱出しました。その後も「ボートピープル」と呼ばれる難民が長年にわたり発生し、大きな社会問題となりました。

サイゴン改称と南北統一

陥落後、サイゴンは「ホーチミン市」と改称されました。そして翌年の1976年7月2日、全国統一選挙が実施された結果、北ベトナムと南ベトナムは正式に統一され、現在のベトナム社会主義共和国が誕生しました。