答えはノーです。南部はヘンリー・クレイが提唱したアメリカ・システム(American System)を支持していませんでした。
アメリカ・システムとは何か
アメリカ・システムとは、19世紀前半のアメリカ政界で大きな影響力を持った政治家ヘンリー・クレイが提唱した一連の経済政策の総称です。国家主導で経済の近代化と発展を促す構想であり、主に次の三つの柱から成っていました。
- 保護関税:輸入品に課税し、国内産業を外国との競争から守る
- 国内改良:道路や運河など、国内の交通・物流インフラを整備する
- 合衆国銀行(国立銀行):通貨と信用を統一的に管理する中央銀行的な機関を設置する
南部が反対した三大の理由
1. 関税がもたらす経済的打撃
南部の経済は綿花をはじめとする農産物の輸出に大きく依存していました。保護関税は輸入工業品の価格を押し上げ、その負担が農業中心の南部に不均等に及ぶと考えられていました。つまり、関税の恩恵を受けるのは北東部の製造業者だけであり、南部はコストだけを背負い込むという不満があったのです。
2. 国内改良の恩恵から取り残される不安
道路や運河の整備計画は、そのルートや資金配分の面で北部と西部に重点が置かれる傾向がありました。南部はこうした公共投資の便益をほとんど享受できず、「自分たちだけが損をする」と感じていたのです。
3. 国立銀行の権限への警戒
さらに、強大な合衆国銀行が一国の経済・金融に絶大な影響力を握ることに対し、州の権限を重んじる南部は深い警戒心を抱いていました。
「忌まわしき関税」と呼ばれた背景
こうした懸念の積み重ねにより、南部はアメリカ・システムに一貫して反対の立場をとりました。中でも1828年に成立した高率の関税法は、南部経済への悪影響が甚大であるとして「忌まわしき関税(Tariff of Abominations)」と呼ばれ、南部の反発を決定的なものにしました。この対立はのちの州権論争や南北間の緊張を深める要因の一つとなった点で、歴史的にも重要な意義を持っています。