南アメリカの歴史

ミズーリ妥協によりルイジアナ買収領土の大部分はどうなったのか?

ミズーリ妥協とは何か

ミズーリ妥協(Missouri Compromise)は、1820年に成立したアメリカ合衆国の歴史的な政治的合意です。ルイジアナ買収によって獲得された広大な領土をめぐり、自由州と奴隷州の対立が激化する中で、議会は妥協案として領土を南北に分割する方針を採用しました。

北緯36度30分線による分割

ミズーリ妥協の中核となったのは、北緯36度30分の緯線です。この線より北側では奴隷制が禁止され、南側では奴隷制が認められました。ミズーリ州自体はこの線の北側に位置しながらも例外として奴隷州として連邦に加盟し、代わりにメイン州が自由州として加盟することで、議会における勢力の均衡が保たれました。

カンザス・ネブラスカ準州の創設と人民主権

その後、この線の西側に広がる未編入領土からは、カンザス準州とネブラスカ準州が創設されました。1854年のカンザス・ネブラスカ法によりミズーリ妥協は事実上撤回され、これらの地域で奴隷制を認めるか否かは「人民主権」の原則、すなわち現地住民の投票による決定に委ねられることになりました。

歴史的意義とその後の展開

ミズーリ妥協は約30年間にわたり奴隷制をめぐる南北対立を抑え込んできましたが、カンザス・ネブラスカ法や1857年のドレッド・スコット判決によってその枠組みは崩壊しました。この妥協の終焉は、やがて南北戦争へと至る重要な要因の一つとなったのです。