ウォレン・G・ハーディングは、1921年から1923年までの大統領任期中に、経済回復と成長を促進することを目指したいつくかの重要な政策を実施しました。第一次世界大戦後の混乱期にあったアメリカ経済を立て直すため、彼はどのような取り組みを行ったのでしょうか。ここでは、その主な経済政策を9つのポイントに分けて解説します。
ハーディング政権の主要な経済政策
1. 「正常化(ノーマシー)」への回帰
ハーディング政権は、第一次世界大戦後に「正常化への回帰」というスローガンを掲げ、平時の経済政策の再確立を推進しました。これは、戦時中の政府統制から自由な市場経済へと移行する姿勢を示すものであり、国民に安定感と安心感を与えることを目的としていました。
2. 減税の実施
1921年の歳入法(Revenue Act of 1921)により、所得税率が引き下げられました。特に高所得者や企業に対する税率の引き下げが図られ、投資の活発化と経済成長の刺激が意図されていました。
3. 保護主義的な関税政策
ハーディングは保護主義的な政策を支持し、1922年にフォードニー=マッカンバー関税法を成立させました。この法律により輸入品への関税が大幅に引き上げられ、国内産業が外国製品との競争から保護されることになりました。
4. 農業支援政策
1923年の農業信用法(Agriculture Credits Act of 1923)は、戦後の農産物価格低迷に苦しむ農家の経済的課題に対処するもので、農業協同組合への融資や金融支援の枠組みを提供しました。
5. 国債の削減
ハーディング政権は、第一次世界大戦中に急増した国債の段階的な削減を進めました。財政規律を重視する姿勢は、政府の信頼性向上にもつながりました。
6. 企業規制への慎重な姿勢
ハーディングは経済への政府介入を最小限に抑える立場をとりました。その一方で、企業の健全な成長を促しつつ、独占の防止にも配慮するバランス型のアプローチを目指しました。
7. 政府支出の削減
ハーディングは政府支出の削減を強く提唱し、予算均衡の実現を目指しました。在任中に設置された国家予算局による予算管理の仕組みづくりは、連邦財政の効率化に大きく貢献したとされています。
8. 公共事業への投資
1921年の連邦高速道路法(Federal Highway Act of 1921)により、道路建設および改良のための資金が割り当てられました。自動車の普及が進む時代背景の中で、インフラ整備は経済発展の重要な基盤となりました。
9. 貿易協定の推進
政権は他国との貿易協定の締結を積極的に進め、アメリカ企業にとっての経済的機会の拡大を図りました。
まとめ:戦後復興への道筋をつけた政策群
これらの政策は、第一次世界大戦後の困難な経済状況――戦後不況や農業危機など――からの回復と繁栄を実現することを目指したものです。ハーディングの経済路線は、その後のカルビン・クーリッジ政権下での好景気、いわゆる「ローリング・トゥエンティーズ」の基盤を築いたと評価されています。一方で、政権内部の汚職事件(ティーポット・ドーム事件など)も歴史的には知られており、その評価は功罪両面で語られることとなります。