ロシア(旧ソビエト連邦)とアメリカ合衆国といえば、冷戦時代の敵対関係が有名ですが、歴史をさかのぼると、実は両国が同じ陣営で戦った時期が存在します。この記事では、米露(米ソ)両国が共闘した戦争の歴史をわかりやすく解説します。
第一次世界大戦:短期間ながら同じ側で
第一次世界大戦では、ロシア帝国は1914年の開戦当初から連合国(協商国)の一員としてドイツなど中央同盟国と戦っていました。一方、アメリカは1917年に参戦したため、同年から翌1918年初頭にかけての短い期間、両国は同じ連合国側に立つことになりました。
ただし、ロシアでは革命が勃発し、1918年3月のブレスト=リトフスク条約によって戦線を離脱したため、両国が実際に共同作戦を行うことはほとんどありませんでした。
第二次世界大戦:ナチス・ドイツとの戦いにおける同盟
最も重要な例が第二次世界大戦です。1941年6月、ドイツがソ連に侵攻すると、ソ連はイギリスとともに対独戦に参加しました。さらに同年12月、真珠湾攻撃を受けてアメリカが参戦し、ここに米ソ両国は「連合国」という同じ陣営に加わることになります。
1942年1月には、米英ソなどを含む26か国が「連合国共同宣言」に署名し、枢軸国に対する共同闘争を確認しました。アメリカはレンドリース法に基づき、ソ連へ大量の武器・車両・食料などを供与し、東部戦線でのソ連軍の戦いを大きく支えました。スターリングラードの戦いやノルマンディー上陸作戦など、東西からナチス・ドイツを挟撃する形で、両国は事実上の同盟国として戦い抜いたのです。
「正式な同盟」ではなかったという留保
ただし、厳密に言えば、米ソの間にはNATOのような相互防衛を定めた正式な二国間同盟条約は結ばれていませんでした。両国の協力は、共通の敵を持つ「連合国」という枠組みの中での軍事協力にとどまり、資本主義対共産主義という思想面での対立は終始解消されないままでした。この緊張関係こそが、大戦終結後すぐに冷戦へと移行する一因となりました。
冷戦以降:対立から現代へ
1945年の大戦終結後、米ソ関係は急速に悪化し、核兵器を巡る軍拡競争や宇宙開発競争、各地での代理戦争など、約45年間にわたる冷戦の時代が続きました。それでも両国は直接の全面戦争だけは回避し続けました。
1991年のソ連崩壊後には一時的に協調関係が生まれた時期もありましたが、近年はウクライナ情勢などをめぐり、再び緊張が高まっています。
まとめ
ロシア(ソ連)とアメリカは、第一次世界大戦で短く、そして第二次世界大戦では本格的に、同じ陣営として共に戦った歴史があります。特に第二次世界大戦における連合国としての協力は、ナチス・ドイツの打倒に決定的な役割を果たしました。しかしそれは恒久的な同盟ではなく、共通の敵を前にした臨時の協力関係だったと言えるでしょう。