南アメリカの歴史

サウスカロライナ州が強制法案を受け入れたため、無効化の危機は平和的に終結した?

いいえ、この説明は誤りです。

無効化の危機は平和には終わらなかった

1832年から1833年にかけて起きた「無効化の危機(Nullification Crisis)」は、平和的な形で幕を閉じたわけではありません。むしろ、この連邦政府とサウスカロライナ州の対立は、合衆国を内戦寸前の状態まで追い込んだ重大な政治危機でした。

サウスカロライナ州の強硬な姿勢

サウスカロライナ州は、連邦議会で可決された強制法案(Force Bill)を進んで受け入れたのではなく、まったく逆の態度を取りました。同州は、連邦政府が保護関税法の執行に乗り出すなら、合衆国から脱退すると公然と脅したのです。一方、アンドリュー・ジャクソン大統領も強硬姿勢を崩さず、必要とあらば軍事力の行使も辞さない構えを見せており、両者の緊張は最高潮に達しました。

妥協関税法による解決

最終的にこの危機が収束に向かったのは、1833年の妥協関税法(Compromise Tariff of 1833)の成立によるものでした。ヘンリー・クレイらが主導したこの法律により、関税率が段階的に引き下げられることが約束され、これを受けてサウスカロライナ州も無効化条例を撤回しました。こうして武力衝突という最悪のシナリオこそ回避されましたが、州の権限と連邦の権威をめぐる根本的な対立は解消されず、後に南北戦争へとつながる火種が残される結果となりました。