1700年代、南部で奴隷化されたアフリカ系アメリカ人が北部より多かった理由
1700年代のアメリカにおいて、南部で奴隷とされたアフリカ系アメリカ人の数が北部を大きく上回っていた最大の要因は、プランテーション経済の急速な発展でした。
温暖な気候が支えたプランテーションの繁栄
南部は気候が温暖で作物の生育期間が長いため、綿花・タバコ・米といった労働集約型の作物の栽培に理想的な環境でした。これらの作物を大量に生産するには膨大な人手が必要であり、南部のプランテーションでは奴隷化されたアフリカ系アメリカ人が主要な労働力として酷使されました。
北部との経済構造の違い
一方、北部の経済は商業・工業など多様な産業によって成り立っており、大規模農園のような奴隷労働への需要は限られていました。小規模な自営農場が中心だったことも、奴隷制が北部で広まりにくかった一因です。
このような経済構造の違いから、北部に住む奴隷化されたアフリカ系アメリカ人の数は、南部と比べてはるかに少ないものとなりました。
つまり、気候条件と経済構造の南北格差こそが、奴隷制の規模に大きな差を生み出す決定的な要因だったのです。