南アメリカの歴史

フーバービルには何人が住んでいた?大恐慌期の貧民街の実態

フーバービルとは何か

フーバービル(Hooverville)とは、1929年から続いた世界大恐慌の時代に、アメリカ合衆国の各地に出現した貧民街(シャンティタウン)を総称する言葉です。当時のハーバート・フーヴァー大統領が恐慌対策に失敗したと非難されたことから、「フーヴァーの町」という皮肉を込めた名称で呼ばれるようになりました。

どのような人々が住んでいたのか

フーバービルの住民となったのは、仕事を求めて各地を渡り歩く出稼ぎ労働者、家を失ったホームレスの男性や女性、そして収入源を断たれた家族連れなど、実に多様な人々でした。彼らは段ボール、ブリキの板、木材の切れ端などを組み合わせて建てた粗末な小屋で暮らし、わずかな収入や施しに頼って生き延びていました。

全米に数百か所、最盛期には数百万人規模に

1930年代前半の最盛期には、アメリカ全土に数百ものフーバービルが出現し、合わせて数百万人もの人々がこうした貧民街で生活していたとされています。ニューヨークのセントラル・パーク内に形成されたものや、シアトルに広がった大規模なフーバービルは特に有名で、当時の社会状況を象徴する存在となりました。

その後の変遷と歴史的意義

1933年に始まったフランクリン・ルーズベルト政権のニューディール政策により、公共事業による雇用創出や住宅支援が進むと、多くのフーバービルは次第に姿を消していきました。それでもフーバービルは、経済危機がもたらす貧困と格差の深刻さを今に伝える、歴史の重要な証人として記憶されています。