ローウェルの紡績工場で働く少女たち
19世紀前半のアメリカ、マサチューセッツ州ローウェルの紡績工場で働いていた少女たち(通称「ローウェル・ミル・ガールズ」)は、その過酷な労働環境から、ときに「奴隷のような存在」と表現されることがあります。しかし、歴史的事実として見れば、彼女たちの状況は奴隷制度とは根本的に異なるものでした。
賃金を得ていた点が最大の違い
ローウェルの工場少女たちは、自らの労働に対してきちんと賃金を受け取っていました。彼女たちの多くはニューイングランド地方の農家の娘たちで、稼いだお金を家族へ仕送りしたり、教育費や将来のための貯蓄に充てたりしていました。つまり、労働の対価として経済的な報酬を得る、契約に基づく雇用関係だったのです。
辞める自由があった
もう一つの重要な違いは、彼女たちが希望すれば工場を去り、別の道を選ぶ自由を持っていたという点です。実際に、賃金の引き下げや労働条件の悪化に抗議して職を離れる者や、教師を目指すために勉強のために退職する者も少なくありませんでした。
奴隷との決定的な相違
一方、当時のアメリカ南部における奴隷たちは、労働に対する報酬を一切受け取らず、暴力や脅しによって強制的に働かされていました。人身売買の対象となり、家族から引き離され、自らの人生について何の決定権も持たない存在でした。
このように比較すると、ローウェルの工場少女たちは厳しい環境下で働く賃金労働者ではあっても、奴隷とはまったく異なる立場にあったことがわかります。両者を単純に同一視することは、歴史を正確に理解するうえで避けるべき視点だといえるでしょう。