南アメリカの歴史

アメリカはラテンアメリカ諸国への内政干渉をどう正当化してきたのか?その5つの根拠

米国は長い歴史の中で、ラテンアメリカ諸国の内政に繰り返し介入してきました。こうした介入主義は、時代ごとにさまざまな名目のもとで正当化されてきました。本記事では、その主な根拠を5つの観点から解説します。

1. モンロー・ドクトリン(モンロー主義)

1823年に発表されたこの外交方針は、「西半球は米国の影響圏であり、ヨーロッパ列強によるアメリカ大陸への干渉には断固として抵抗する」と宣言したものです。モンロー・ドクトリンは、メキシコ、キューバ、ニカラグアなど、数多くのラテンアメリカ諸国への介入を正当化する理論的支柱として機能してきました。

2. 国家安全保障

米国は自国の安全保障上の利益を守るためという理由で、しばしばラテンアメリカに介入してきました。例えば1965年には、共産主義政権の誕生を防ぐことを目的にドミニカ共和国へ介入しました。また20世紀半ばには、社会主義派のサルバドール・アジェンデ大統領の台頭を阻止するため、チリの政治に関与したことも知られています。

3. 人権

「人権の促進」を掲げた介入も行われています。1989年には、パナマの独裁者マヌエル・ノリエガ政権を打倒するために軍事介入を実施し、1994年にはハイチにおいて民主政権の復活を支援するために介入しました。

4. 麻薬対策

麻薬取引およびそれに付随する犯罪との闘いも、介入の重要な根拠の一つです。代表的な例として、米国はコロンビア政府に対し、麻薬カルテルと戦うための軍事的・財政的な支援を長期にわたって提供してきました。

5. 人道的支援

自然災害や大規模な危機が発生した際には、人道支援や地域の安定化を目的とした介入が正当化される場合があります。壊滅的なハリケーンや大地震の後に実施された救援・復興支援などがその典型例です。

ただし留意すべき点として、多くのラテンアメリカ諸国は、こうした米国の介入主義を「自国の主権に対する侵害」と捉えています。米国による介入の正当化理由は時代とともに変遷してきましたが、今日においても米国は同地域の政治・経済の発展に多大な影響力を及ぼし続けているのです。