歴史に「もしも」はありませんが、アメリカ南北戦争(1861年〜1865年)の帰結が異なっていたら何が起きていたのかを考察することは、当時の社会や政治体制への理解を深める上で興味深いテーマです。なかでも多くの人々が関心を寄せるのが、「もし南部連合が独立に成功していたら、奴隷制度は存続し続けたのだろうか?」という問いです。
南部連合の建国理念と奴隷制度
結論から言えば、少なくとも短期的には奴隷制度が存続していた可能性は極めて高いと考えられています。アメリカ南部連合(Confederate States of America)は、そもそも奴隷制度の維持を中核とした理念のもとに建国された国家でした。南部諸州が合衆国からの脱退を決断した最大の要因は、奴隷労働に依存する綿花などのプランテーション経済を守りたいという思惑にあったからです。
実際、南部連合憲法には奴隷制度を明確に保護する条項が盛り込まれていました。今後加盟する州にも奴隷制を認めることや、奴隷に対する財産権を保障することが明記されており、北部の合衆国憲法と比べても、奴隷制への擁護姿勢ははるかに露骨なものでした。このため、南部連合が独立を達成していれば、南部諸州において奴隷制度が法的に存続し続けたことは、ほぼ間違いないとされています。
世界的な廃止運動の高まり
一方で、当時すでに奴隷制度廃止運動は国内外で大きな勢いを得ていました。イギリスは1833年に大英帝国内で奴隷制を廃止しており、19世紀後半の国際的な潮流として、奴隷制への批判は強まる一方でした。このため、仮に南部連合が独立国家として存続したとしても、国際的な孤立や経済的圧力、機械化による農業生産の変化、さらには国内世論の推移などにより、長期的には奴隷制が変容あるいは廃止へ向かった可能性も指摘できます。
まとめ
「南部が勝っていれば奴隷制は消えていたのか?」という問いに対する答えは、短期的には「ほぼ否」です。南部連合の建国理念と憲法の規定から見て、独立直後の段階で奴隷制度が廃止されることは考えにくく、むしろ確実に存続したでしょう。しかし、数十年単位の長期的な視点で見れば、世界的な廃止の潮流や経済・社会構造の変化によって、いずれ終焉を迎えた可能性は否定できません。
ただし、これはあくまで推測の域を出ないものです。北部(合衆国)の勝利と奴隷解放宣言という歴史的事実なくして、奴隷制がいつ、どのような形で終わりを迎えたのかを断定することはできないのです。