アメリカの奴隷制の時代、数え切れないほどの奴隷たちが自由を求め、命がけで逃亡を試みました。捕らえられるリスクを背負いながらも、彼らはより良い未来を信じて旅立ちました。では、具体的にどのような場所が逃亡先となっていたのでしょうか?主な目的地を詳しく見ていきましょう。
北部の自由州
多くの逃亡奴隷が目指したのが、マサチューセッツ、ニューヨーク、ペンシルベニアといった北部の自由州です。これらの州では奴隷制を禁止する法律がすでに制定されており、北へ逃げれば自由になれる希望がありました。自由州は逃亡者にとって重要な安全地帯となり、新たな生活の拠点となりました。
カナダ
カナダもまた、逃亡奴隷にとって最も人気のある目的地の一つでした。大英帝国は1833年に奴隷制を廃止しており、カナダは自由な土地として知られていました。特に有名なのが「地下鉄道(アンダーグラウンド・レイルロード)」と呼ばれる秘密の脱出ネットワークです。これは、秘密のルートと安全な隠れ家からなる組織的な支援網であり、無数の奴隷たちがこのネットワークの助けを借りてカナダへとたどり着き、真の自由を手に入れました。
メキシコ
南部のプランテーションから逃げた奴隷たちにとって、メキシコも重要な避難先でした。メキシコは1829年に奴隷制を廃止しており、自国の領土内に到達した奴隷に対しては自由を保障する姿勢を取っていました。そのため、テキサスやルイジアナなどの国境に近い地域から、多くの奴隷が南へと逃亡しました。
その他の国々
上記の場所以外にも、西インド諸島、ヨーロッパ、さらにはアフリカへと渡った逃亡奴隷も存在しました。海路での移動は困難を極めましたが、船員や船長の協力を得て海外へ脱出し、新しい人生を築いた人々もいます。
このように、奴隷たちの逃亡先は多岐にわたりました。それぞれの目的地には自由への約束があり、そしてそこへ至る道のりには、想像を絶する勇気と苦難があったのです。