アメリカ合衆国憲法には、信教の自由や言論の自由などの基本的人権を明記した「権利章典(Bill of Rights)」が最初の10条修正として追加されています。では、なぜ建国の父たちは憲法本体だけでは不十分だと考え、権利章典の追加を強く主張したのでしょうか。その背景には、大きく分けて3つの理由があります。
1. 強力な中央集権政府への恐れ
憲法の起草者たちは、イギリス本国において強力な中央政府が権力を乱用する様子を直接目の当たりにしてきました。彼らは、新しく誕生したアメリカ合衆国にも同様の強大な政府が現れることを強く懸念し、個人の自由を政府の過剰な干渉から守る仕組みが必要だと考えました。
また、イギリスからの独立を勝ち取ったアメリカ独立戦争の記憶は、当時の多くのアメリカ人の心に依然として鮮明に残っていました。植民地の人々は「自分たち自身で統治する権利」のために命を懸けて戦ったのです。せっかく手に入れた自由を、新しい政府自身によって奪われてしまうことのないよう、権利を成文化して保障しようという決意がそこにありました。
2. 啓蒙思想の深い影響
18世紀のヨーロッパとアメリカ植民地を席巻した「啓蒙思想」と呼ばれる知的運動も、権利章典成立の大きな原動力となりました。啓蒙思想家たちは、個人の自由、宗教の自由、そして政教分離の重要性を唱え、人間が生まれながらに持つ不可侵の権利の存在を訴えました。
アメリカの建国の父たちの多くは、自らもこうした啓蒙思想の担い手でした。ジョン・ロックら思想家の理念は、独立宣言や憲法の起草に色濃く反映されており、権利章典もまた、「政府は人民の権利を守るために存在する」という啓蒙思想の精神を具体化したものといえます。
3. 少数者の権利を守る必要性
さらに起草者たちは、「多数決の原理が必ずしも正義をもたらすとは限らない」という点にも目を向けていました。民主主義のもとでは、多数派が少数派の権利を踏みにじる「多数派の専横(トゥランニー・オブ・ザ・マジョリティ)」が起こりうるからです。
このため権利章典には、多数派の意見にかかわらず誰もが享受できる権利として、信教の自由、言論・報道の自由、平和的に集まる権利、法の下の平等な保護を受ける権利など、宗教的・民族的な少数者を守る規定が数多く盛り込まれています。
まとめ
アメリカ人が憲法に権利章典の追加を主張したのは、①強力な中央政府による権力乱用への恐れ、②個人の尊厳と自由を重んじる啓蒙思想の影響、③多数派から少数者の権利を守る必要性——という3つの理由によるものです。1791年に批准された権利章典は、政府の権限を制限し市民の自由を守る礎として、今日のアメリカ社会にも深く根付いています。