答え:アメリカ南北戦争(1861年〜1865年)
アメリカ南部諸州における綿花産業での奴隷制の使用は、最終的にアメリカ南北戦争(American Civil War)の勃発へとつながりました。この内戦は、奴隷制をめぐる南北間の深刻な対立が主な原因となって起こった、アメリカ史上最も犠牲の大きかった戦争です。
南部経済と奴隷制の密接な関係
19世紀のアメリカ南部では、綿花が最重要の輸出商品であり、地域経済の中核を担っていました。広大なプランテーションで綿花を栽培・収穫するためには膨大な労働力が必要であり、南部諸州は黒人奴隷の労働に強く依存していました。そのため、南部の農園主階級は奴隷制の維持を経済的存続の条件とみなし、断固として擁護する姿勢を取るようになりました。
北部との対立の深化
一方、北部諸州では工業化が急速に進展し、人道的な観点から奴隷制への反対運動が次第に強まっていきました。奴隷制を容認する南部と廃止を目指す北部の溝は深まる一方で、連邦に新たに加わる地域を「自由州」とするか「奴隷州」とするかをめぐっても対立が繰り返され、国家分裂の危機が高まっていました。
開戦から終結、そして奴隷制の廃止へ
1861年、奴隷制の維持を主張する南部諸州が連邦からの脱退を宣言し、南北戦争が勃発しました。リンカーン大統領は1863年に「奴隷解放宣言」を発表し、戦争の目的に奴隷制の廃止を明確に位置づけました。
1865年、北部すなわち連邦側(北軍)が勝利して戦争は終結しました。同じ年の12月には憲法修正第13条が批准され、アメリカ合衆国全土において奴隷制は正式に廃止されました。こうして、南部の綿花産業を支えてきた奴隷制という制度は、歴史の表舞台から消えることとなったのです。