南アメリカの歴史

テキサス州など南部諸州の連邦脱退を引き起こした出来事とは?

リンカーン当選が引き金となった南部の連邦脱退

テキサス州をはじめとするアメリカ南部諸州が連邦(合衆国)から脱退する直接のきっかけとなったのは、1860年の大統領選挙でエイブラハム・リンカーンが当選したことでした。

共和党と奴隷制拡大への反対

リンカーンは共和党に所属していました。共和党は、奴隷制を新たな西部領土へ拡大することに断固として反対する立場を取っていたのです。当時の南部経済は綿花プランテーションを中心に成り立っており、その基盤には奴隷労働がありました。

南部にとっての「脅威」

そのため、南部の人々の多くはリンカーンの当選を、自らの生活様式や経済体制に対する重大な脅威と受け止めました。リンカーン自身は奴隷制の即時廃止を掲げていたわけではありませんが、将来的に奴隷制が封じ込められていくことを恐れる声が南部で急速に強まったのです。

脱退の進行と南北戦争へ

こうした情勢の中、サウスカロライナ州が1860年12月に最初に脱退を宣言すると、ミシシッピ、フロリダ、アラバマ、ジョージア、ルイジアナの各州がそれに続きました。テキサス州も1861年2月に脱退し、これらの州は同年、アメリカ連合国(南部連合)を結成します。この一連の動きがやがて1861年の南北戦争(米国内戦)の勃発へとつながっていったのです。