南アメリカの歴史

第一艦隊はテネリフェ島に停泊したのか?主な寄港地と航海ルートを徹底解説

第一艦隊とはどのような船団だったのか

第一艦隊(First Fleet)は、1787年5月にイギリスのポーツマス港を出航し、オーストラリアのボタニー湾を目指した歴史上有名な船団です。11隻の船で構成され、士官・乗員・海兵隊員に加えて約750名の囚人を乗せており、オーストラリア東岸にイギリス最初の流刑植民地を建設するという重要な任務を担っていました。

第一艦隊の主な寄港地は3か所

第一艦隊の航海において、本格的な停泊と大規模な補給が行われた主な寄港地は、次の3か所です。

  • リオデジャネイロ(ブラジル):大西洋横断の途中に立ち寄り、水・食料・木材などを大量に補給しました。
  • ケープタウン(南アフリカ):喜望峰を回る前に停泊し、家畜や種子、建設資材などを積み込み、入植に備えました。
  • ボタニー湾(オーストラリア):1788年1月に到着した最終目的地で、ここに新しい植民地が築かれました。

テネリフェ島に停泊したのか?

「第一艦隊はテネリフェ島に停泊したのか」という疑問はよく見られますが、第一艦隊の主要な寄港地として挙げられるのは、上記のリオデジャネイロ、ケープタウン、ボタニー湾の3か所です。

ただし、当時の航海日誌などの記録によると、艦隊は出航から約3週間後の1787年6月に、カナリア諸島のサンタ・クルス・デ・テネリフェ沖に数日間錨を下ろし、新鮮な水や野菜、肉類の補給を行ったとされています。このため、テネリフェを「短期的な補給地点」として航海の経路に含める資料もあります。

いずれにせよ、長期間の滞在と本格的な補給が行われたのはリオデジャネイロとケープタウンの2か所であり、第一艦隊の航海ルートは「ポーツマス出発 →(テネリフェ沖で短時間補給)→ リオデジャネイロ → ケープタウン → ボタニー湾到着」という順序で進んだと考えられています。