正解
複数のイタリアの美術学校への入学を拒まれたためです。
解説
フランク・キャプラは、ローマ王立美術アカデミーとミラノ美術アカデミーの両方に出願しましたが、いずれも不合格となりました。この連続する落第がきっかけとなり、彼は新たな道を求めてアメリカ合衆国への移住を決意することになります。
後に『或る夜の出来事』や『素晴らしき哉、人生!』などの名作でハリウッドを代表する監督となったキャプラですが、その出発点にはこうした挫折がありました。故郷イタリアでの芸術の道が閉ざされたことが、結果として彼の人生を大きく変える転機となったのです。