南アメリカの歴史

1924年移民法に反対したのは誰?反対派となった主要団体とその背景を解説

1924年に成立したアメリカの移民法(通称:ジョンソン=リード法)は、移民の受け入れを国籍別に厳しく制限する画期的かつ物議を醸した法律でした。この法律に対しては、公民権団体や労働関係者を中心に強い反対の声が上がりました。本記事では、具体的にどの団体が反対し、どのような理由から反対したのかを詳しく見ていきます。

1924年移民法とはどんな法律?

1924年移民法は、「国民出身者割当制度」を導入し、各国からの移民数を1890年の国勢調査における在留人口の割合に基づいて制限した法律です。この結果、南欧・東欧からの移民が大幅に削減され、さらにアジア系移民は事実上の入国禁止措置の対象となりました。

反対した主な団体

1. アメリカ自由人権協会(ACLU)

1920年に設立されたばかりのACLU(アメリカ自由人権協会)は、この法律が国籍や出身地によって人々を差別的に扱うものであり、個人の自由と平等な権利を侵害するとして、明確に反対の立場を取りました。

2. 全米有色人種地位向上協会(NAACP)

1909年設立のNAACP(全米有色人種地位向上協会)は、法律が持つ人種差別的な性格に強く抗議しました。特に、アジア系移民を排除する条項は人種に基づく不当な差別であるとして、激しい反対運動を展開しました。

3. 労働組合

さまざまな労働組合も反対に回りました。移民労働者の権利保護や、低賃金での搾取への懸念、労働者間の連帯の観点から、この法律は労働者全体にとって有害であるとの意見が表明されました。

まとめ

1924年移民法への反対運動は、ACLU、NAACP、そして複数の労働組合といった、公民権と労働者の権利を掲げる団体によって主導されました。しかしこれらの反対にもかかわらず、法律は成立し、その後約40年間にわたりアメリカの移民政策の基軸となり続けました。割当制度がようやく廃止されたのは、1965年の移民国籍法においてでした。