はじめに
第二次世界大戦中、アメリカ海軍は日本軍やドイツ軍との戦闘において、数多くの艦船を失いました。開戦初頭の真珠湾攻撃による壊滅的損害から、ソロモン諸島での激戦、レイテ沖海戦、そして沖縄戦での特攻被害に至るまで、その犠牲は決して小さなものではありませんでした。
この記事では、大戦で沈没したアメリカ海軍の代表的な艦船を、状況や艦種別に整理してご紹介します。
真珠湾攻撃で失われた艦船(1941年12月7日)
USS アリゾナ(BB-39)
日本軍機が投下した爆弾が弾薬庫に命中し、大爆発を起こして沈没。1,177名の乗員が亡くなり、米海軍史上最大級の犠牲となりました。現在も記念施設「アリゾナ記念館」として、同地に静かに眠っています。
USS オクラホマ(BB-37)
複数本の魚雷を受けて横転・沈没。戦後、引き揚げられましたが修理には至らず、解体されました。
USS カリフォルニア(BB-44)
魚雷と爆弾の攻撃を受けて着底。1942年に浮揚・修理され、戦線への復帰を果たしました。
USS ウェストバージニア(BB-48)
魚雷6本以上の直撃を受けて沈没。大規模な修理の後、レイテ沖海戦など後期の重要作戦で活躍しました。
USS ネバダ(BB-36)
攻撃のさなかに出港を試みたことで知られる戦艦。深刻な損傷を負いましたが、浮揚・修理後はノルマンディー上陸作戦や太平洋戦線でも戦っています。
USS ユタ(AG-16)
旧式化した戦艦を標的艦へ改装していたもの。魚雷を受けて転覆し、多くの乗員が命を落としました。
沈没した正規空母
USS レキシントン(CV-2)
1942年5月8日、珊瑚海海戦で日本軍機の攻撃を受け、延焼した燃料蒸気の爆発により放棄・沈没。米海軍が失った最初の大型空母となりました。
USS ヨークタウン(CV-5)
1942年6月のミッドウェー海戦で日本軍機の猛攻により大破。応急修理中に日本潜水艦「伊号第一六八潜」の雷撃を受け、6月7日に沈没しました。
USS ワスプ(CV-7)
1942年9月15日、ガダルカナル島支援作戦中に日本潜水艦「伊号第一九潜」の魚雷を受けて沈没しました。
USS ホーネット(CV-8)
ドーリットル東京空襲の出撃母艦として名高い空母。1942年10月26日の南太平洋海戦(サンタクルーズ諸島海戦)で日本軍機の集中攻撃により航行不能となり、翌日、日本軍駆逐艦の雷撃で処分されました。
沈没した軽空母・護衛空母
USS プリンストン(CVL-23)
1944年10月24日、レイテ沖海戦で日本軍艦上爆撃機の急降下爆撃を受けて大火災が発生。弾薬庫の誘爆により航行不能となり、味方の手で処分されました。
USS ガンビアベイ(CVE-73)
1944年10月25日、サマール沖海戦で日本艦隊の集中砲火を受けて沈没。護衛空母が水上艦艇の砲撃で撃沈された、極めて稀な事例として知られます。
USS セントロー(CVE-63)
1944年10月25日、スリガオ沖にて神風特別攻撃隊の突入を受けて沈没。特攻によって撃沈された最初の連合軍艦艇となりました。
USS リスカムベイ(CVE-56)
1943年11月24日、マキン島攻略作戦中に日本潜水艦「伊号第一七五潜」の雷撃を受けて大爆発。約640名が犠牲となる、護衛空母喪失としては最大級の惨事でした。
USS ブロックアイランド(CVE-21)
1944年5月29日、対潜哨戒任務中にドイツ潜水艦「U-549」の魚雷を受けて沈没。ヨーロッパ方面で失われた唯一の米空母です。
沈没した巡洋艦などの艦艇
USS アストリア(CA-34)/クインシー(CA-39)/ヴィンセンズ(CA-44)
1942年8月9日のサボ島沖海戦で、日本艦隊の夜間奇襲によりわずか一夜のうちに相次いで撃沈されました。
USS ノーザンプトン(CA-26)
1942年11月30日のルンガ沖夜戦で、日本軍駆逐艦「江風」の魚雷を受けて沈没しました。
USS シカゴ(CA-29)
サボ島沖海戦で損傷した後、1943年2月末にラッセル諸島沖で日本軍機の反復攻撃を受けて沈没しました。
USS ヘレナ(CL-50)
1943年7月6日のクラ湾夜戦で、日本軍駆逐艦の長距離魚雷攻撃により沈没しました。
USS ジュノー(CL-52)
1942年11月13日、第一次ソロモン海戦で日本潜水艦「伊号第二六潜」の雷撃を受けて沈没。戦死したサリバン兄弟五人組の逸話で広く知られています。
USS インディアナポリス(CA-35)
1945年7月30日、広島へ投下される原爆部品の輸送任務を終えた帰途、日本潜水艦「伊号第五八潜」の雷撃を受けて沈没。生存者は数日間海上を漂流し、総勢約880名が命を落とす悲劇となりました。
なお、このほかにも駆逐艦や補助艦艇が多数失われており、潜水艦だけでも大戦を通じて52隻が戦没しています。
沈没は免れたものの、大破した艦
USS フランクリン(CV-13)
1945年3月19日、九州沖で日本軍機の爆撃を受けて大爆発・大火災が発生し、約800名の犠牲者を出しました。それでも自力で航行可能な状態を保ち、アメリカ本土へ奇跡的に帰還しています。
USS バンカーヒル(CV-17)
1945年5月11日、沖縄戦において神風特攻機2機の突入を受け、約400名が死傷。深刻な損害を負いながらも、本国への生還を果たしました。
USS イントレピッド(CV-11)
1944年初頭に魚雷被弾、同年11月25日および1945年4月には神風特攻機の突入を受けるなど、度重なる損傷を乗り越えて終戦まで戦い抜いた強運の空母です。
USS サラトガ(CV-3)
開戦早々の1942年1月に潜水艦の雷撃で大破したのちも、何度も損傷と修理を繰り返しながら太平洋で戦い続けた、レキシントン級の生き残りです。
まとめ
第二次世界大戦におけるアメリカ海軍の損害は、真珠湾攻撃という衝撃的な幕開けから始まりました。しかし、失われた艦船の代わりに圧倒的な造船能力で新鋭艦を投入し続けたことが、最終的な勝利につながったと言えます。エセックス級空母のように、特攻を受けても沈まなかった艦がある一方、インディアナポリスのような悲劇も生まれています。これらの艦船の歴史を辿ることは、戦争の実像を理解するうえで貴重な手がかりとなるでしょう。