ジェームズ・K・ポーク(第11代アメリカ合衆国大統領、在任1845年〜1849年)は、「拡張主義の時代」と呼ばれる19世紀半ばに活躍した大統領です。彼の在任期間中、合衆国の領土は大きく広がり、現在のアメリカ西部の姿がほぼ形作られました。
ポーク政権下で獲得された主な領域
テキサス州
1845年、ポークはテキサス共和国の合衆国への編入を実現させました。これはメキシコとの関係悪化を招き、後の米墨戦争の遠因となりました。
オレゴン地方
「54度40分か死か」のスローガンで知られるオレゴン境界問題では、1846年にイギリスとオレゴン条約を締結し、北緯49度線を国境として平和的に領土を確定させました。これにより現在のオレゴン州、ワシントン州、アイダホ州などが合衆国領となりました。
メキシコ割譲地
1846年から1848年にかけての米墨戦争に勝利し、グアダルーペ・イダルゴ条約により、以下の地域をメキシコから獲得しました。
- カリフォルニア
- ネバダ
- ユタ
- アリゾナ(大部分)
- ニューメキシコ
- ワイオミング(一部)
- コロラド(一部)
さらに、1853年のガズデン購入(ポーク退任後)によってアリゾナ南部が追加されました。また、ルイジアナ買収で既に合衆国領となっていたカンザスやオクラホマの一部も、この時期に組織的な開拓が進みました。
歴史的な評価
ポークはたった一期の任期で、合衆国の国土を大幅に拡大させた「最も影響力のある大統領の一人」と評されます。一方で、戦争による領土拡張は奴隷制を巡る南北対立を激化させ、南北战争への道を開いたという批判的な見方も存在します。