17〜18世紀のイギリス系入植者たちは、マグナ・カルタ(大憲章)や権利章典によって保証された権利を、自分たちにも当然適用されるものだと信じていました。その背景には、以下のような理由があります。
1. マグナ・カルタ(1215年)
マグナ・カルタは、1215年にイングランド王ジョンが署名した歴史的文書です。初期のイギリス系入植者の多くはこの文書をよく知っており、「国王の権力は絶対的なものではなく、個人の権利と自由は保護されなければならない」という考え方がここで確立されたことを理解していました。マグナ・カルタには、適正手続を受ける権利、公正な裁判を受ける権利、財産権といった重要な原則が盛り込まれており、入植者たちはこれらをイギリス臣民として当然享有すべき基本的な権利とみなしていたのです。
2. 権利章典(1689年)
1689年に制定された権利章典(Bill of Rights)は、イングランドで長年にわたる憲政上の闘争を通じて獲得された個人の権利と自由を、さらに強固なものにしました。この文書は君主の権限を制限し、言論の自由、宗教の自由、請願権、公正かつ公平な司法を受ける権利など、多くの基本的人権を確認しました。入植者たちは、イギリス臣民である以上、この歴史的文書が保証する権利を継承しており、当然に主張できると考えていました。
3. 法的・歴史的先例としての活用
入植者たちは、マグナ・カルタと権利章典を法的先例として位置づけ、自らの権利や特権に関する主張を支える根拠にしました。自治の要求、植民地議会における代表権の確保、その他の市民的自由を正当化する際に、これらの文書がしばしば引用されています。また、イギリス政府が課した恣意的な植民地政策や法律によって、イギリス臣民としての権利が侵害されていると主張し、抵抗の正当性を説明しました。
権利意識がもたらした結果
こうした権利に対する揺るぎない確信は、入植者とイギリス当局との間の緊張を高め、最終的には衝突へと発展する重要な要因となりました。入植者たちが自らの権利と自由を頑なに主張したことは、イギリス政府による不正義や権力乱用への抵抗の思想的基盤となり、やがてアメリカ独立革命という歴史的大転換へとつながっていったのです。