南アメリカの歴史

アラモの防衛に貢献した「フロンティアマン」とは誰なのか?

アラモの防衛に貢献した「フロンティアマン」とは誰なのか?

「フロンティスマン(Frontiserman)」と呼ばれる特定の人物がアラモの戦いに参加したという記録は存在しません。この名前はおそらく、英語の「フロンティアスマン(frontiersman/開拓者・辺境民)」という言葉の誤記と考えられます。

つまり、「ある一人の英雄」を指すのではなく、当時のテキサスへ移り住んだ多くの開拓者たちが、1836年のアラモの戦いにおいて要塞の防衛に携わったのです。その中でも、後世に名を残す最も著名な守備兵として知られるのが以下の3人です。

デイヴィ・クロケット(Davy Crockett)

テネシー州出身の元下院議員で、狩人であり辺境の伝説的ヒーロー。アラモ陥落時に戦死したことで、アメリカ国民的な英雄となりました。

ジェームズ・ボウイ(James Bowie)

「ボウイナイフ」でその名を馳せた冒険家。アラモでは共同指揮官の一人として守備隊を率い、病を押して最期まで戦い抜いたことで知られています。

ウィリアム・バレット・トラヴィス(William Barret Travis)

26歳の若さでアラモ守備隊の総指揮を執った弁護士出身の将校。「ビクトリー・オア・デス(勝利か死か)」と綴った有名な援軍要請の手紙を残し、包囲戦の中で命を落としました。

彼らのように、アラモを守ったのは単独の「フロンティアマン」ではなく、自由と独立のために命を懸けた無数の開拓者たちだったのです。